水墨画家・森濤石の世界    

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  日本のシンドラーと呼ばれた人・杉原千畝                             ( 生涯を貫く魂の記録)・芸術界への招待
  http://10e.org/flashchiune/chiune.htm

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命を語る濤石ブログ集成

健康と生き甲斐をあなたに
雑学集


私の全てを貴方と社会に捧げます

眼から鱗が落ちる
私はこんなに多くの偉大な人達から奇跡の援助を戴いて、今日の成果を得、元気で活動しています。おそらく、この文献は殆どの人の眼に触れることなく埋もて行くのかも知れない。しかし、私のHPにご縁の有った貴方にはキット神仏のご加護が有ったと思います。

この文献が貴方を救います。
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      初志貫徹  日本墨芸院  
          百折不撓
             

             師  書・辻本史邑-谷辺橘南-岡本白濤
                 絵・久保田耕民-内藤璂土-河野秋邨
              アトリエと常設ギャラリーアトリエ
                                   
                         岐阜県加茂郡八百津町文武両道の誇りある町     
                            町出身で「日本のシンドラー」と云われる
                杉原千畝は武士の情けを世界に知らしめた日本武士道の鏡です。
                            この町を芸術文化の薫り豊かな誇りある町にしなくては
                            千畝さんに申し訳ないと、、初志貫徹、当地に転居して25年
                            当年88歳の森濤石が地域の志ある人達の応援を受けて
                            頑張っています。
          森 濤石 日本墨芸院主宰
                            
                         
当年、八十八歳  私の芸術は、これからが本番です
                          
岐阜県加茂郡 八百津町在住25年の画家
                                      

                     
 ハプスブルク芸術友好協会宮廷芸術会員   
               日本・中国桂林芸術交流協会理事

                       日本文化遺産認定作家09/07/15詳細
                      
ヌーベル・ルネッサンス認定作家・
                   グローバル・アート・マスターズ・グランプリー認定作家
   
  

                
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 2017/01/24 更新
   
    
















      
  
             
2015年度  日仏交流事業
              
        世界三大国.芸術コラボレーション
        
個展開催国     フランス.バリ
      
 記念画集の評論  ロシア、エルミタージュ美術館
        
後援          日本国(外務省.総務省.国土交通省観光庁.国際交流基金)
        
運営                  ジャパン.プロモーション
           
森 濤石 パリ個展記念画集 
                   
                 
 !! 振り返れば !!ここに至る私の過去!! 永いようで人生は短い、過ぎ去ってみれば一筋の星が天空に描く流れ星のようなものだ

   
               
① 京都、東山澁谷の自宅で一日千字を研鑽して努力した甲斐あって書は谷辺橘南からその師、日本書芸院会長の辻本史邑の弟子となりし
             が日展出品の直前にまできて、姉が後妻で嫁入りしたカメラ店主の我が儘な押しに難渋し姉や母を救う為、これも私に課せられた運命かな、
             と絵画の道を断念して写真の世界に身を投じた。私が店主に宣言した条件は、私の創設した現像所施設の中には義兄である店主を
             一歩も入れない、と云うモノである。この施設の完成には真に命懸けの戦いである。関係する資料の翻訳、薬品、機器、とラボ施設の研究
            に大阪まで出向いて調べ回った。施設を完成させ作業を軌道に乗せるまで、思えば僅か一年2ヶ月程だ。四条河原町の一等地で、当時、
             京都三大カメラ店の代表「カメラのさくらや」敷地に現像所とカラー研究所を創設した快挙は今でも信じられない位だ、京都大学名誉教授
             の藤原元典教授の功績に対しての恩賜賞受賞の関連写真、天皇陛下の謁見説明写真を、当時いずれの店も扱わないのを持参された
             恩賜賞対照医薬の製造工程を納めたカラーフィルムの現像・プリントを完成して期待にお応えした。藤原元典名誉教授の件に関しては、
             その後輩で京都大学を主席で卒業してナショナルの子会社を設立されたセントラルケーブル社長の三上敬之氏がその当時の事情をよく
             ご存じで、ケーブル事業で、その三上さんを恩人だとも話される八百津町野上の磯貝元彦氏が三上さんご夫妻を潮見の私のアトリエに案内
             して来られたのは三年ほど前の事だ。昨年亡くなった私の妻も磯貝さんに誘われ近くの喫茶「木の葉」で五人が、その当時を懐かしみ歓談
             したのも、つい先日のようだ・・。またこの時期、写真研究の一環として、当時女優の卵であったが、現在は小説家の高森和子女史16歳を
             東山の清水寺など周辺をモデルにして撮影に回った。当時雑誌「女性自身」の巻頭写真で有名だった写真家の「中村立行氏」 の写真を
             担当したり、誕生した高田美和の可愛いい写真を数知れず焼いた。そうした中で10名余りの弟子を育て世に出した。その弟子達も五十数年
             経た今から10年程まえに潮見の拙宅を京都と大阪から遙々訪ねてきてくれた。潮南荘に一泊して帰って行った。森濤石のホームページ
             「自分誌-八百津町編」に記載。
              

           ② 義兄が亡くなた翌年、小姑達に店を譲り名古屋で姉の新しい店「カメラの山本」を東新町に開店させた後、我が道である本来の
             画道に戻るべく姉と袂を分かち、取り敢えず求人広告の「中京自動車学校」に腰掛けのつもりで就職したが、ここでは、同僚を自殺
             に追い込んだ男が居て、その入院した男を見舞った後、やったボスの自宅へ単身乗り込んで「命の説教」をした。その妻が側で大声
             で泣いた。男は私の今迄の生き方が間違っていました・・と、その場で改心した。それが発端で、その男が私の右腕となって学校改革
             に乗り出すことになった。私が中京自校労組委員長になった年、副委員長の蒲地某君を日本全国の同盟、交通労連傘下自動車学校千二百
             余校の学校労協議長として君臨させた。その他、職員教育の為に部会として創設していた「中京吟書会」の中から多くの優れた人材が
             社会に出て世に貢献してくれた事は大変嬉しい。私が詩吟で喉を痛めてからは関西吟詩文化協会に参加させて伊東鷺伸先生の指導を
             仰ぐこととなった。特に私の一番弟子であった松尾強君は、その後伊東先生から柏伸の号を戴いて北九州市の関西吟詩文化協会の講師
             として、また北九州市吟剣詩舞響会副理事長として生涯を詩吟文化の為に尽くした。また八百津町久田見出身の吉村正長君はコロンビア
             の詩吟大会で優勝した私がルーツとして開設した「中京吟書会」は協会の記念大会誌に記録されている。 私が中京自校を定年退職して
             十数年経った頃に在職当時の創業者でもある理事長が亡くなられ名古屋の覚王山「日泰寺」に於けるご葬儀には学校の方から特別に
             お迎えを頂いて参列しご親戚に加わって壇上に上がり理事長の柩に菊花を捧げ、ご冥福をお祈りした。 つい先日、中京自校の2代目社長
             として後を継いでおられた次男の任博治さんが、その長男に社長を譲り、奥様とお二人で、是非とも私にお会いして食事にでもお誘いしたい
             と電話して下さった。定年退職してから32年を経てのお誘いである。
          
           ③ 20年勤めた自動車学校を定年退職した私は二十歳時代の絵の道を本格的に完成すべく新築して20年住んだ小牧の自慢の家を
             売却して、現在の八百津町潮見に転居した。当初、目的は二十歳代に果し云えなかった絵の道を楽しみながら完成したいとの願い
             からで有ったが、この地が杉原千畝さんの生地と知ってからは、現状の様では千畝さんに申し訳ないと、この地の芸術文化は私の
             責任に於いて誇りのある地域にしなくては・・と、今日まで命懸けの努力を続け、爾来、国内外の賞六十余賞、私の志を知る人達の
             支援を得て頑張り通してきた事に心から感謝している。
       *** 転居以来24年の歳月を振り返ってみると、色々と大切な事を勉強させて貰った。中でも、都会はともかく、余り発展していなし山間地
             に有っては、心に秘めた良識のある人達の声が小さい。温和しい、、そう言う人ほど温厚で口出しが少ない。それ故,どの程度の人の
             声が高いか・・大きいか・・幅を利かせているかで、その地域の文化や芸術が、どの程度発展するかが、概ね定まってゆくようだ。
                  為政者にしても同じ事が云える。自己の票田を気にしている程度の人物では、ありきたりの事でお茶を濁す程度の事しか出来ないと
             思う、此には勇気が必要だからだ。自分の保身にばかり気を配って居心地良く勤めている程度の人材では・・


                                                   

                 
画集・厚表上製本   完成予定 2017年1月


     


                
国連加盟60周年記念特別企画

     
 世界最高峰基準アーティスト 認定
      
   
              
国際美術批評家連盟
         
世界最高峰基準アーティスト選考委員会
          
選考委員長 クリスティーヌ・モノ- Christine Monod
                               
2016/01/01
             

    
   「モンゴル英雄作家光臨芸術祭」2016/06/20~22
    
会場  モンゴル国立美術館での式典にて
       森 濤石「モンゴル永世英雄芸術作家」の称号
                                             
                                            
       
 
         
   
       
2014年度 日仏交流事業「Japan Moment」 への参画並びに
     仏国(フランス)における 
「森 濤石個展」実施の要請を受ける
          催事名  : Toseki Mori Solo Exhibition
 
            開催日 2015年5月22日~29

      会場    フランス パリ  : エチェンヌ・ドウ・コーザン・ギャラリー (ルーブル美術館の対岸セーヌ通り) 
      
運営    Japan Moment
      
後援  在フランス日本国大使館(外務省)、総務省・国土交通省観光庁,
          国際交流基金、自治体国際化協会
           


                    
日本を代表する芸術家として名誉ある抜擢推薦を受ける
           
 海外で実績のある日本芸術家2万人弱の中から日本側が千人を選出し、その中から開催側のフランスが
                森濤石を選出して今回の日仏交流事業のメインに位置づける。


             
       
             
パリ個展を終えて 
  
レセプション会場にて 2015/05/22
                   
                
   ルーブル美術館広場で妻の遺影と                                                美術紙社長兼・評論家と美術紙社長兼・評論家と握手                          
      

                 
              
""世界初・・二大国間を跨いで芸術コラボレーション""
      
 「森濤石のパリ個展記念画集」                  世界三大美術館の
     ロシア・エルミタージュ美術館監修‥序文の特別協力で出版決定



         


                  
日伊饗宴アートラベル大賞
         
            
ワインと豊穣の神バッカス・アートラベル展 2013/12
           日時・2013/12/20~22日
           会場・イタリア文化会館<東京都千代田区>

          作品
「秘境瀑韻」チェリネーゼ社にて、ファイリングしたアートラベルを永久保存
                           チェリネーセ
社代表・サルバトーレ・デ・ルカ

        

       オーストリア ザルツブルク宮殿美術館創立90周年記念事業
      日墺交流120周年
      90周年記念行事として刊行する「ザルツブルク宮殿美術舘芸術選集」に当主の
    カレルギー伯爵と当美術館長より森濤石の作品を是非とも掲載したいと既に承諾
    前に掲載位置まで決めておられるので是非ともご承諾をお願いしたいと幹事会社
    から電話が有った。
大変名誉なお申し出を戴いたと思っています。2013/4/12
              

      ちなみに、カレルギー伯爵とは、芸術家でもある。1892年当時のオーストリア=ハンガリー帝国の駐日代理
     大使として東京に赴任してきた彼の祖父ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギーに見初められ1893年周囲が
     反対するなか表向き勘当されたかたちで結婚して海を渡って、伯爵夫人として迎えられたクーデンホーフ光子
     (旧名 青山みつ)が、その祖母である。この物語はNHKドラマ(1973)青山光子役を吉永小百合が演じているほか
     小説として各社から刊行されている。夫君か゛47歳で急死したときは異国の宮殿に子供達と取り残されて、
     まさに四面楚歌のなか、大正三年第一次世界大戦勃発で敵国からきた女として益々窮地に追い込まれた。
     クーデンホーフ光子は敢然として娘三人を連れ率先して赤十字の先頭に立ち、また自家の広大な敷地にジャガ
     イモを大量に栽培して、戦火の最前線に食料として自身男装して列車で運搬するなど、命の限り国と民の為
     に尽くしたことで晩年「ヨーロッパ統合の母」とまで称えられた。七人の子供達を立派に育て上げた彼女は67歳
     でこの世を去ったが、その次男がカレルギー伯爵その人である。伯爵は「母がいなかったら、私は決してヨーロ
     ッパ統合運動を始めることはなかったでしょう」と述懐している。
そして伯もまた「ヨーロッパ統合の父」と呼ば
     れている。

          「ザルツブルク宮殿美術舘芸術選集」
    
発行 記念事業実行委員会 (オーストリア大使館文化部、オーストリア政府観光局、駐オーストリア日本大使館、駐日欧州連合代表部、日本・オーストリア文化交流会 他)
        委員・監修・執筆 ペーター・シュトーラー(実行委員長:オーストリア大使館文化担当公使)ミヒャエル・クーデンホフ=カレルギー伯爵
        カブリエル・グロナー(ザルツブルク宮殿美術館館長)、バーバラ・クーデンホフ=カレルギー伯爵、ベーター・バンツァー(ドイツ ボン大学名誉教授)、マルティン・ヴコビッチ(元
        駐日オーストリア大使)
             
ヨーロッパ統合の父・クーデンホーフ・カレルギー伯爵                                                 http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:wcJ9EiiS-lkJ:plaza.rakuten.co.jp/
      anboclub/diary/200903050000/+%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E7%B5%B1%E5%90%88%E3%81%AE%
      E7%88%B6&cd=5&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
     
          ク-デンホ-フ光子・現カレルギー伯爵の祖母 
       http://www.hm.h555.net/~hajinoue/jinbutu/aoyamamituko.htm


      
  
  
最高金賞展覧会名(邂逅 IN Forli)
       イタリア・フォルリ  会場・サン・メルクリアーレ教会 2012/12/10~30日まで

              作品・瀑崖飛鳥 F20号


     
     外務大臣賞 (外務大臣玄葉光一郎)
     国際芸術栄誉賞(元総理大臣森善朗)現NPO法人国際美術協会名誉総裁)
     場所 東京都美術館・リニューアルオープン記念展6月20~27日
       
国際美術協会推薦作家として出展・最上位の二賞受賞
  

    
モンゴル国際大学芸術紀行
  
モンゴル和の宝珠美術館アートタイル永久保存2012/5月
       
チンギス,ハーン生誕850年祭記念行事
   (
モンゴル国際大学にて記念講義・60×230中国画仙に涼州詞を揮毫し大学に寄贈す)
                                     
 五月二十一日モンゴル・ウランバートル行きの成田国際空港にて
横綱・白鵬と同じ飛行機に乗り合わすことになり親しく握手を交わす。
白鵬や鶴竜なとの相撲人が故郷のウランバートルで現地のモンゴル
相撲人とバスケット試合をするらしい、その為の帰郷である。
                                             芸術家であり日本を代表する美術評論家の長谷川栄先生と濤石
                                             (モンゴル国際大学・和の宝珠美術館内の長谷川栄先生作品の前で)

    

同じく大関鶴竜とも親しく写真に収まった。この日、目的地では
、空港が砂嵐・山間部では大吹雪に荒れた為に欠航となった。     モンゴル国際大学で特別講演と
                                             王之渙の「涼州詞」を学生達の前で揮毫し学校に寄贈した。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
    
最高位芸術家栄誉賞受賞 
    東京タワー・アートフェスティバル展     
       
            日・米・蘭 芸術アカデミー協会
                 東京タワーフットタウン一階
                 2011/6/24~26迄

           

     



 
華の千年芸術奉納祭大賞                                                 2010/4/22

           華の千年芸術奉納祭 実行委員長  長谷川 栄
                   
         
作品ラベル貼り伏見の大吟醸「千歳の鏡」 藤井孝男顧問へ
         作品「秘境華崖の瀑」大賞作品F10号 は八百津町へそれぞれ寄贈


    



              15周年集大成記念 アートメゾンVol.15 見開き・2作品掲載
        
       
アートメゾン・ジャパン  無料招待出品要請
                                              
芸術顕彰・受賞
         
日時  09/10/12~15日まで
       場所  
スペイン芸術の都・首都マドリード 国際会議場

      
世界の学術史に残る大展覧会にAMSC全15氏の推挙により出品参加

     



    *ベルリン芸術大賞*

   

     

     ベルリンの壁が崩壊して20年となり、またドイツの画家パウル・クレーが生誕して130年と大変大きな
     記念すべき年に当たり首都ベルリンを始めドイツ全国で様々な式典やイベントが催されます。
     その中で、 ドイツ国際芸術振興委員会による
「ベルリン芸術大賞」の選定会が行われ森濤石の
     国際的芸術を評価されて作品要請を受け大賞受賞した。
  
                                      
                                                      
    
      

       

 *グローバル・アート・マスターズ・グランプリ*

          世界的にアートを通じて活躍・貢献している世界のトップアーティスト
         21,463人の中から国内外の美術評論家諸氏により世界で初めて結成された
            アメリカ・フランス・イタリア・イギリス・日本による第一回認定書
           国際美術評論家連盟認定
          
     により(日本画・水墨画・洋画・書・工芸の全ジャンルで日本芸術家40名・海外から20名
     の全60名が認定された。その中で森濤石も推薦されましたので目下、作品制作中。

      
    

   日本・ギリシャ芸術文化大使
        Japan・Greece ART FESTA/2004
    International Art Promotion Council (国際芸術振興評議会) 認定
         
2004・ギリシャ・アテネオリンピック開催年
    訳文書