Sing... うたう        Oct. 2017
 芸術・文化の秋となりました。そして、日々増進する食欲についつい秋の味覚に手を出しては、後悔してしまう秋でもありますね。

 先日、母の実家(兵庫県明石市)の叔父(母の弟)から、私の祖母の遺品から 私の父の写真が出てきたと連絡がありました。おそらく70年ほど前のお見合い写真だと思うので、私に渡したいと早々に送ってきてくれました。
 
 父の写真は、見開きの台紙に丁寧に貼られて、表紙と薄紙をめくると、セピア色の若かりし頃の父のすました姿が現れました。年齢はおそらく35歳ほど。どうやら、戦地から帰国し数カ月経った頃の写真のようです。父は28歳から終戦までの7年間、満州で従軍生活をし、帰国したのは35歳。結婚適齢期が過ぎてしまい、慌ててお嫁さん探しのための写真を撮ったのでしょうか、髪が十分に生えそろっていません。それでも、英国紳士風のツイード調三つ揃いのスーツ姿は、凛々しくかっこいいです。
きっとこの写真で勝負に出て、母とご縁があったのかな? などと思いながら若かりし頃の父の写真に、しばし見入ってしまいました。

 でもこの写真、我が家でも見たことがあるような・・・と母の遺品を探してみると、あるではないですか。写真を一枚一枚丁寧に貼った古いアルバムの1ページに、この写真と母のお見合い写真が。その横のコメントの筆跡は確かに父のものです。
 
 母の青春時代は戦争の真っ只中、「女学校時代は勤労奉仕ばかりで、勉強なんてほとんどできなかった。そして終戦。結婚適齢期になっていたのに、若い男性は、戦争で亡くなった人が多く、なかなかご縁に恵まれるのは大変だった。」とのこと。そこで、母もお見合い写真を撮ったのでしょう。当時流行していたサザエさん風の縦ロールのヘアースタイルに絞りの着物姿は、ピチピチはつらつとしていて素敵です。この写真で父とご縁があったのでしょうね。

 アルバムには、この写真以外に、両親の婚約時代・結婚式・ 幼い頃の姉と私の写真があり、一言ずつコメントもあります。
アルバムを見ていると、楽しそうにアルバム作りをしている父の姿が、目に浮かんできました。そして戦争に翻弄され、縁あって家庭を持ち、私たち姉妹を大切に育てながら、幸せを噛みしめている父の気持ちも伝わってきました。

 幼稚園児のような国のトップ同士の言葉の応酬、国よりも自分たちの利益を優先させる政治家・・・。きな臭いどころではなく、戦争という二文字が現実的になってきつつある今の日本を見て、天国の両親はどう思っているのかしら?と考えてしまうこの頃です。
Fukiko

江南ハンドニットの会教室展

 

川勝弥生さん主宰の「江南ハンドニットの会」のニット展は、今回は会場をかえて開催されます。
ランチもケーキも評判の「コントレール」です。

秋の日のひと時を、ゆっくりとお楽しみくださいませ。
パイナップル編みの

おしゃれなマフラー

糸1玉で編めるのが

魅力です。