あゆみと特色

あゆみと特色

  • わたしたちの町

    扶桑町は愛知県の北西部に位置し、緑豊かな大地と木曽の清流に恵まれた人口3万人ほどの小さな町です。扶桑という名が示すとおり、わたしたちの町は桑畑のとても多いところだったそうです。その昔、桑畑の広がった大地に今では、おいしい守口大根が根を生やしています。また、神社や寺院の式典にはかかせない「つまおり傘」も、わたしたちの町の誇りのひとつです。

  • 人生を創造する

    生涯学習という言葉が何かと取り沙汰される前から、扶桑町は「人生を創造する」をテーマに、伝統芸能などを中心とした著名人の講演会、歌舞伎からコーヒーに至るまでのユニークな講座、町民参加の音楽祭や美術展に取り組んできました。もともと扶桑町には芸術を愛する人が多かったせいか、統計を取り始めてからの6年間で、イベント参加者数が7万人と、取り組み初期と比べて20倍以上にも膨れ上がり、扶桑町は、その町民憲章に恥じないような「文化の香り高いまち」と成長してきました。

    さらにわたしたちは、1989年から「地方にいても、誰でも気軽に身近に一流の文化に触れる楽しみを…」をモットーに、連続講座「ふそう文化大学」や、著名人によるシンポジウムなどを始めました。扶桑町では、型にはまった業者の接待ではなく、職員ひとりひとりが、あたたかく講師を迎えたいという願いのもと、プロダクションには依頼を一切せず、直接出演者側に依頼をすることがほとんどでした。地方の小さな町に足を運んでもらうため、著書を読んで研究したり、芝居を見たり、楽屋へ訪れることを重ねました。一度断られても、何度もアタックを繰り返して交渉成立に至ったことも少なくありませんでした。こうした熱意が実ってスーパー歌舞伎の市川猿之助さんをはじめとする歌舞伎界、演劇界、そして文壇など、さまざまな分野でご活躍されている人に講師となっていただくことができました。

    当時、年間予算規模が50億円という町にあって、限られた予算の中では無駄な出費を抑えるために、また、ありきたりのイヴェントにならないように、舞台から配布資料に至るまでひとつひとつ、職員が苦労と工夫を重ねて手づくりで仕上げてきました。

    うれしいことに、町民からは「素晴らしい技を目の当たりにしたり、各分野の一流の人たちの話を直接聞くことができて感激した。」などの声がたくさん寄せられるようになりました。おかげで1989年には優良公民館として文部大臣表彰を受ける栄えに恵まれることもできました。

    このようにしてさまざまな企画に挑み、成功させ、こうした実績の蓄積によって一流の音楽や芝居に触れた住民から「いいホールで見たい。」という声が上がり、扶桑文化会館建設の気運が高まりました。

  • 伝統芸能のできる演劇ホール

    「劇場は生き物のようであり、職人が丹精こめて作り上げた工芸品のようでもある。」という言葉を胸に、わたしたちは、設計の段階から劇場づくりを手掛けることにしました。特に、町民に人気の高い歌舞伎をはじめとする、日本の伝統芸能の上演にふさわしい、高い専門性を持った劇場にすることを方針に事業を進めています。

    「舞台と客席が一体となった、親しみやすい劇場」が、わたしたちのコンセプトです。使うほど「面白い!」と言っていただけるような味と個性を持った劇場を目指していろいろと知恵を絞りました。例えば、出演者の表情や動きが生で読み取れるような、舞台と客席の親近感がある劇場にするため、客席数も計736席にし、舞台から1階の最後列までが17メートルと近くなっています。また、仮設前舞台や仮設本花道を設けることもでき、2階の一部客席は椅子を取り外せば桟敷席にもなり、客席の中に溶け込んださまざまな演出が可能です。劇場内部やロビーにも自然光、自然換気を導入して屋内の広場とすることもできます。

    しかし、このような結論に至るまでには、たくさんの町民をまじえて、スタッフらの模索が何年間もつづきました。扶桑文化会館を建設するにあたって、行政が一方的に建設するのではなく、多くの意見をとり入れることができるようにと、今でも、広く一般に公開する中で会館づくりが進められています。今までに、日本舞踊西川流家元の西川右近さんを始めとする、20余名の県下の芸術家、大学教授、陶芸家、劇団主宰、演劇評論家など、多くの方々との懇談会を幾度となく開いてきました。また、一方では中村鴈治郎さんを始めとする10余名の各界でご活躍なさる方々に直接お会いし、多くの貴重な意見を頂戴しました。さらに「伝統芸能ルネッサンス」や「演劇フォーラム in ふそう」などの公開討論会を開き「これからの劇場と住民参加の在り方」などについて白熱した討論を繰り広げていただきました。

    このように、住民の方々の「士気」を高めつつ多くの意見が求められるようにシンポジウムや文化講座などを催し、よりよい劇場を求めて幾度となく多くの方々とのディスカッションを繰り返したすえ、扶桑文化会館は、多目的ではなく「伝統芸能のできる演劇ホール」という指針を打ち出したのです。

  • 「はこ」に魂を入れる文化夢応援団

    「文化会館建設がたんなる『はこづくり』に終わってはいけない。」「町民を置き去りにするのではなく地域社会に密接した劇場でありたい。」という願いのもと、わたしたちは町民をクローズアップしたソフトづくりにも力を注いでいます。

    1994年、建設後の事業の企画、運営、舞台スタッフなど、文化のまちづくりを一緒に進めていくボランティア応援スタッフ80余名が集まり「文化夢応援団」が発足しました。そして、同年11月からは「主役はあなたです」をキャッチフレーズに、各分野の一流の講師陣のもとにスタッフ養成講座が開かれています。先日は、劇作家、演出家、そして扉座主宰でもある横内謙介さんと、演劇評論家の衛紀生さんをお迎えし「地域と演劇とのつながり」についてお話をしていただきました。会館建設後、文化夢応援団は、企画、制作、運営から、照明、音響、受付けに至るまでの実施研修を行う予定です。こういった町民参加が、劇場をますます親しみやすいものにしてくれると確信しています。

    また、会館のオープンに合わせて上演された町民参加によるオリジナル時代音楽劇「連」は脚本・演出には劇団シアターウイークエンドの松本喜臣さんにお願いし、扶桑町の町史に基づいた台本のもと、若い人々を中心に、華やかに演じられました。この経験が大きく発展して、欧米にあるような専属劇団ができるようになれば、また大きく夢は膨らむものと思います。

  • やわらかい運営

    「劇場部分が開館していないときでも、町民が自由に出入りできる、常に開かれた施設として運営しよう。」「ロビーや多目的室を利用してちょっとしたホームコンサートやティーパーティーなどをしてみよう。」「伝統芸能の上演を主たる目的とするが、多種多様な現代の芸能活動に応えられる、柔軟さをもった劇場にしよう。」「自主企画事業にも力を入れ、地元の芸術家とともに成長していこう。」「ありきたりの文化会館ではなく扶桑ならではの特色をもったユニークな劇場にしよう。」…と、わたしたちの夢はますます広がっていきます。会館の主役となる町民の方々、わたしたちを絶えず励ましてきてくれた方々のお言葉、そして、わたしたちの誠意と熱意が今にも、扶桑文化会館という「はこ」のなかに入ろうとしています。この、中身のつまった劇場はかならず演者にも観客にもやさしい「やわらかい運営」の「やわらかい劇場」になるでしょう。

    「人生を創造する」を合い言葉に始まった小さな公民館が、今、世界に誇れるような「やわらかい劇場」へと生まれ変わりました。わたしたちは、そのやわらかい劇場を核として「まちづくり」や「ひとづくり」を目指して、今日も、町民とともに、扶桑文化会館を目を輝かせてみつめています。

扶桑文化会館友の会のご案内

扶桑文化会館

AM9:00~PM5:00(月・火曜休館)
TEL(0587)93-9000
FAX(0587)93-4500
〒480-0102
愛知県丹羽郡扶桑町高雄福塚200
名鉄犬山線扶桑駅下車、西へ徒歩約10分