〜純〜
紫色の瞳が、僕を見つめていた。強くて、何者にも屈しない決意を秘めた瞳。そしてその奥に灯る微かな感情は…恐怖か、嫌悪か、それとも……
「ねぇ、艦長さん、どんな気分?」
僕は口元に意図的に下卑た笑みを浮かべながら、自分の体の下に組み敷いている女性に声をかけた。
「…」
もはや見つめている、というよりは睨み付けるような彼女の瞳に宿る不快感は、いっそう強くなる。
ああ、かわいいなぁ、本当に君は…
精一杯強いふりをして、精一杯平気なふりをして…でも本当は…
僕が今まで彼女の肩を抑えていた手をそっと上げると、ベッドが小さく軋んだ。その手をそのまま彼女の細いあごに当て、頬へ、耳へと上らせてゆく。
僕の手が耳に触れ、一瞬彼女の肩に力が入った時も僕の目は彼女の瞳を見続けていた。形の良い眉がこれ以上ないくらいにしかめられている。
「理事、こんなことになんの意味があるんですか?」
ずっと黙っていた彼女が、ようやく口を開いた。
「おや、ようやく口をきいてくれましたねぇ」
僕が極力優しい微笑を作ると、彼女はそれ以上見ていたくない、というように視線を逸らした。
「どんな意味があると思います?ねぇ、艦長さん?」
まるで聞こえていないかのように、彼女は明後日の方向を見ていた。
「ねぇ、艦長さん」
「…」
もう少し部屋を明るくしておくべきだったな、そうすればきっと真っ赤になっているだろう彼女の頬もよく見えたのに。耳に触れる手で上昇していく温度を感じ取りながら僕はまた、ククッと笑ってしまった。
「何が可笑しいのですかっ!」
たまらなくなって彼女は視線は戻さずに叫んだ。
「いやぁね、君って本当に可愛いと思って」
「…!バカにしているのですか?」
「まさか」
僕は手をさらに耳の後ろに回す。
どうも、君の心だけだよ、拒んでいるのは。身体は僕を求めている。そうじゃなきゃこの髪も…柔らかい彼女の黒髪はしっとりとしていて、手で梳くたびに指から離れるのを惜しむように絡みつく。
「意味はあるよ」
「?」
僕が呟いた言葉に少しだけ視線を戻した。
「でも、教えてあげない」
「あ…貴方は…っ…」
少しだけ上半身を起こしながら、必死に抗議をする。
「貴方は…っ…いい加減、ふざけるのはやめてください」
「あれぇ、ひどいなぁ。僕がこんなことを冗談でするような人間に見えます?」
見えるだろうな、と自分では思いながら。
僕だって自分の中にこんな感情があるなんて知らなかったんだ。初めて会った時から、君という人間に興味があった。強い人ではない、強がっているだけだと気づいた時、その興味は倍増した。その強がりを解きたくて、色々な事をしたり言ったりしたけど、そのたびに君は期待以上の反応を見せてくれる…
「ということで、本気で、そろそろ始めるよ?」
「…っ…!」
まだ上がるんだ、体温。これ以上は身体に良くないんじゃないのかな?…だからって逃がすつもりはないけど…
言葉を失う彼女の唇に自分のそれを重ねる。最初は触れるだけ。唇の弾力に弾かれるようにすぐ離す。
可愛そうに、抵抗する気力もないくらい驚いた?ずっとベッドについていた方の手をするりと背中に差し入れると、彼女はビクンと大きく肩を震わせた。
「大丈夫、君を傷つけるつもりはないからさっ」
そのまま引き寄せるように上半身を起こすと、表情だけで必死で抵抗する彼女の顔が良く見えた。信じてないね、僕のこと。
本当なんだけど…と言おうとしてやめた。どうせ無駄だしね。
重ねるだけの唇。でも、今度はもっと長く…
いつしか僕は、君の全てを欲しいと思った。それは、手に入らないものを欲しがるただの人間の欲かも知れないけど。
僕ってなんて純粋なんだろう、と笑いさえこみ上げた。こんなにも、どんなことをしてでも手に入れたいと思ったものはあっただろうか?そしてそれを自覚した瞬間、他の全ての人間への興味も失せた。君のことしか僕はもう見ていない。
一旦唇を離すと、その間息を止めていたであろう彼女は、無意識的に酸素を取り込もうと口を大きく開けた。
「…んんっ…」
そこにまた唇を重ねる。一瞬とはいえ警戒を解いた唇は、安易に僕の舌が侵入するのを許してしまう。
「…はっ…ん…ぃやっ…」
苦しそうな声を漏らしながら、でも君は僕を拒もうとはしない。
そんなに嫌なら、舌を噛み千切れば良いでしょう?
「…っふ…」
君になら、そうされても良いと思ってるんですよ?この命を、地球のために捧げようと思っていたこの命を、君にならあげてもいい…
「ねぇ、艦長さん」
「…」
少し顔を離し、涙に潤む彼女の顔を見ながら、ゆっくりと呼吸が整うのを待って僕は問い掛ける。
「貴女は僕が嫌いですか?」
―大嫌いです、と言われてもこの行為をやめる気はなかった。そう、たとえ君が拒んでも、力づくで君を奪うと決めたからね…
「…」
きっと今君は、少しでも僕を興奮させないように、やんわりとした意思表示を探しているのだろう。そしてそのヒントを少しでも得るために、必死で僕の瞳を見つめている。さぁ、言ってごらん。君の答えを聞いた瞬間に再びベッドへ押し沈めようと、力を入れる準備をする。
「わ、私は…」
「うん…?」
自分に出来る、精一杯の優しい返事を返す。
「私は、理事を…」
「うんうん」
早く言ってよ、その瞬間に、君は僕のものになる。
「理事を…愛しています」
「…!」
―――――…そうきたか…
僕としたことが、つい思考が停止して、力が緩んだ一瞬の隙を見逃さず、彼女はするりと僕の手から逃げてしまった。
「では、…職務がありますので、失礼します」
僕が追わないのを確認し、部屋の出入り口でご丁寧に敬礼をして出て行った。
本当に…君はいつもいい意味で僕の期待を裏切ってくれる。やっぱり僕の目に狂いはなかったと、再認識をして僕はベッドから降りた。
「地球軍のお偉いさんたちも、見習って欲しいよなぁ」
とっさにあんな方便を言えるなんて、すばらしい判断力だよ、と独り言を続けて。
でももしも、アレが本音だったら?
…ありえないことを考えるのはよそう、と僕は首を振った。君には嫌われていても構わない。どちらにしよ、僕は君を一途に思い続けると決めたから。
それよりも―ブリッジで僕に会った時、君がどんな顔を見せてくれるかの方が楽しみだ―
僕はジャケットを軽く羽織って部屋を出た。
〜あとがき〜
おかしい…今回こそ言葉攻めの予定だったのに……期待して読んでくださった方には本当に申し訳なく思っております…。えと、すでにお解かりの方もいらっしゃると思いますが、同タイトルの曲からこの話をイメージしました。もうあの歌がムルタソングに聞こえてしょうがないんですけど…!