〜戯〜
『地区大会優勝おめでとう、次は全国大会だけど、自信は?』
『楽勝楽勝♪』
『みんな応援してるから、がんばってね』
『まっかせてよ!』
―そして全国大会、彼は一回戦で敗退した…
「い〜かげんにしろ、ブエル!」
「う〜、あと五分〜」
「サブナックもアンドラスももう行ったぞ」
「もう少し〜」
「だ〜め〜だ〜!」
バッとシーツをとられ、彼は寒気に体を縮める。そっと目を開けると声の主は彼のシーツを握り、見下ろしていた。
「艦長の鬼〜!」
「時には鬼にならねばならぬのが艦長の職務だ」
「ちぇっ」
彼は観念して、しぶしぶ体を起こす。
「どうせ遅くまでゲームしていたんだろう?自業自得だ…っておい!」
彼女がシーツを軽く畳み、顔を上げると彼はシャツを脱いだところだった。
「なんだよ〜、着替えなきゃ行けないだろ?寝巻きでMS乗れってのかよ」
「そういうことではなくて…」
一度背けた顔をまた反論するために向けて、彼女は言葉を失う。
その肉体は育ち盛りの少年とは思えないほどに痩身で…
「な、なんだよ…じろじろ見て…」
「あ、す、すまない」
彼女はまた後ろを向き、畳んだシーツをベッドの上に置く。
「楽しいのか」
「え?」
「ゲームって、そんなに楽しいのか?」
薬物投与の肉体への影響…それを頭からぬぐいたくて、何気に聞いた質問だった。
「う〜ん、そうやって改めて聞かれるとわかんなくなるけど…」
少し間をおき、彼は続けた。
「学校行ってた頃はさ、ボクが一番強かったんだよね」
「クラスで、か?」
「ううん、学校でも、近所でも…地区大会だって優勝したし」
「へぇ、すごいな」
彼女には縁のなかった世界の話だ、大会なんてものがあったということすら驚きの対象だった。
「でも、全国大会じゃあボロボロだった。一回戦ですら…歯が立たなくて…」
彼の声が悔しそうな声色に変わる。
「相手は、コーディネイターだったけど、きっと彼が特別強いんだと思った…でも、ソイツも二回戦で負けて…その相手は、コーディネイターだった…」
「…」
彼女は背を向けたまま、黙って聞いていた。
「でもソイツも、準決勝で負けて…終わってみれば、上位はみんなコーディネイターだった…ボクが住んでたあたりは、ナチュラルしか住んでなかったから、知らなかっただけで…アイツら、違うんだよな…」
「それが、軍に入隊した理由か?」
「まさか。別にコーディネイターにうらみは無いよ。ボクは1番になるためにゲームをしてるわけじゃないんだ。…えっと、そうそう、やっぱり楽しいんだな」
「そうか」
何か少し安心して、彼女は口元を緩ませた。
「ゲーム大会が終わってから、地球軍からスカウトが来たんだ。MSの操縦なんて、ゲームみたいなもんだからね」
「え…」
ゲーム大会で兵を決めるなんて…どこかで聞いた話だとは思ったが、まさか地球軍でそんな選定が行われているとは…
「ね〜、艦長」
「うわ!」
着替え終わった彼が、後ろから抱き付いてきた。
「な、なんだ?」
「アレに乗ってるときはボクがゲームの主人公になれるんだ!」
「…ブエル、戦争はゲームじゃあ…」
「ボクが艦長の敵みんな倒すから!安心しててよ」
振り返った先にある彼の無邪気な笑みを前にして、彼女は何も言えなくなった。
―敵…私の敵は…
「あ〜、その顔、頼りないって思ってるだろ!」
「そ、そんなことは無い」
「へへへ〜、大丈夫だって、ボクは主役だからね!」
「…そうか」
そう、彼はゲームの主人公。…プレイヤーの意のままに動き、代わりはいくらでもいる…
「ブエル…」
「ん?」
「死ぬなよ」
「あったり前じゃん!」
彼が死なないということは、彼が戦いに勝つこと。彼が敵を倒すということは、『あの人』を討つことだと…そう判ってはいながらも。
―せめてこの少年に…自由と未来を…
彼女は祈るように彼の額に口付けた。
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あとがき
クロト編です。シャニの過去を書いたから、クロトもそんな方向にしようかと。私は三人の中では一番クロトが好きなようです。ああ、かわいい。ナタルもクロトは弟のように接していたんじゃないかなと。でもってクロトは子ども扱いされたくなくって一生懸命背伸びを…コレを書いて「祈り」というのが共通テーマになりました。