〜大人の純恋3〜

 「う…頭…痛ぁ…」

 そう呟いてナタル・バジルール中尉はベッドの上で上体を起こした。毛布が肩から落ちるが、お構いなしに頭に手をやり、ふぅ〜っと、長いため息をついた。

「…………ん」

「…?」

座っている腰の辺りで何やら声がし、ぼうっとした頭をそちらに向ける。

「………!!!!????」

彼女は声にならない悲鳴をあげ、体を硬直させる。

「ノ…ノイマン…少尉…」

彼女のすぐ横には、軍服のズボンは履いているものの、上半身裸のアーノルド・ノイマン少尉が寝息をたてていた。

「……な…んで…」

更に頭痛が彼女を襲い、頭を抱えてうつむく。すると…

「…え」

自分は今、下着姿ではないか。上半身裸の男と下着姿の女が同じベッドの上で寝ていた…それが意味するものを考え、彼女の顔から血の気が引いていった。

何が起きたのか必死に思い出そうとするが、記憶にもやがかかったように頭の中は真っ白になる。しかかたがないので昨夜より以前の記憶を追っていく事にした。

 

前回の件(「大人の純恋2」参照)より、彼女のノイマンを意識しはじめざるを得なくなった。どんな状況においても彼の姿を探し、彼の声を追う。はじめはこの感情が何なのか、自分でも戸惑いを感じていた。

軍人の家系に生まれ、軍人を目指し、軍のことを第一に考えてきたナタルとはいえ、恋愛経験が無いわけではないし、「お付き合い」というものをした事がないわけでもない。ただ―彼女の過去の恋愛というのは、士官学校の先輩にしろ、地球連合の上官にしろ、それは「憧れ」に近いものだった。その人の姿を見ると胸がドキドキして本人を前にすれば緊張して上手く話せなくなる…。しかし今はどうだろうか。ブリッジでノイマンの姿を見つけると何故だかほっとした。戦闘中でも彼女の座るCICの席から、彼が座っているであろう方向を見つめ、そこに彼がいることを感じると妙に安心するのだ。これは彼女にとっては全く未知の感情であったのだが、「信頼のおける部下」なのだと自分をムリやり納得させていた。

 

砂漠の虎と呼ばれたレセップスを撃退し、アークエンジェルとレジスタンスのメンバーはささやかな祝勝会を開いた。

ナタルも戦闘指揮官として、上官達と杯を交わした。ただ、彼女は全くと言って良いほど酒が飲めなかったのだが、それをかえって面白がって酒を勧めてくる上官の杯を断ることが出来ず、わずかコップ1杯で既にいつもの彼女からは想像もつかないほど大笑いをし始めた。すでにナタルの5倍ほど飲んだもののまだまだ気分はシラフなラミアス艦長は、自分で勧めたクセに心配になり、フラガ少佐に頼み、キャッキャと笑い声をあげるナタルを無理矢理艦内に連れていかせた。

 

「どーされたんですか?少佐。」

操舵席でコンピュータを叩いていたノイマンは、フラガがブリッジに入ってきたのに気付き、振り向いて声を掛けた。

「そっちこそ何でこんなところにいるんだ?他の連中は下で大騒ぎしてるぞ。」

「いえ…いつ、発進が必要になるか判りませんから…」

「ようやく一つの決着がついたばかりなのに、真面目なヤツだな、ったく。」

感心したようにため息をついたフラガに、ノイマンは立ちあがって近づくと、

「…!バジルール中尉…」

「う〜…ん〜…?」

フラガに肩を支えられ、半分眠っているようなナタルの姿を見つける。

「いやぁ、ちょっと飲ませただけなんだけどな…このありさまで」

「このありさまとはとはど〜いう意味だ〜!?私はぁ〜、別に〜普通〜…」

突然ナタルは顔を上げフラガを睨んだものの、再び眠るように首をガクッとさせる。

「…はぁ…それで、どうしてブリッジに?」

だいたい状況が飲み込めたノイマンは再びフラガを見上げる。

「それは…なんかやたらと中尉がブリッジに行きたがっ……!」

そこまで言ってフラガは何かに気付いたように言葉を止めた。

(はは〜ん…そういう事か…)

「ノイマン少尉はみんなが休憩の時とかでも大概ここにいるのか?」

「?はぁ、人が少ないときほど緊急時に対応できるようにしておりますが…」

「で、そのことをバジルール中尉はよく知ってるんだ。」

「…はぁ?」

いぶかしげにフラガを見上げるノイマンにクククッと軽く笑い声を上げる。

「じゃあ、ここは俺が見てるから、中尉を部屋まで連れていってくれるか?」

「え、ええ、良いですけど…」

ナタルの腕を肩からはずし、ノイマンに預ける。

「じゃあ、頼んだぜ」

フラガはノイマンにウインクをすると操舵席へ向かった。

「はぁ、判りました。」

ノイマンは何やら腑に落ちない気分だったが、ナタルの体に気を使いながらブリッジから出ていった。扉が閉まったのを確認し、

「ちゃんと見つけてるんだ、中尉殿は。」

フラガはうれしそうに一人で笑うのであった。

 

「それで…どうしたんだっけ…?」

そこまではなんとか思い出せたものの、ナタルは再び頭を抱えた。相変わらず頭痛は激しく、それが思考を遮り、助けを求めるように、眠るノイマンの方を見遣る…

「うん…」

彼はもぞもぞと体を動かし、寝返りを打つ。

「…」

その様子をどうするでもなくナタルは見つめていた。何も考えず、何も思わず、ただ彼の寝顔を見つめているだけで、また正体不明の感情が込み上げてきた。だが、それは決して悪い気分ではなくて、その不思議な感情が自分でもおかしくて、何やら笑いが込み上げてきた。

「ふふ…」

自分が今まで頭を痛めていたことも忘れて、その笑みは小さな声になる。

「う〜…ん…」

その声に気づいたのか、ノイマンは眠たそうに手の甲で目を擦りながらむにゃむにゃと声を出す。

「あ〜…中尉…おはようございます…」

「あ、ああ、おはよう…」

今の状況がわかっていてか、いないのか、何事も無いように挨拶をするノイマンに少し戸惑いながらナタルは返事を返した。

肘をついてゆっくりと上体を起こしたノイマンは、しばらく目をしぱしぱさせながらナタルを見つめていたが、やがて何かを思い出したように、シャキッと背中を伸ばした。

「あわわ、ちゅ、中尉!失礼しました!おはようございます!」

自分が、そして相手が「軍人」であることを思い出し、敬礼をする。

「体調はいかがですか?」

「…ひどい頭痛だ…」

「二日酔い…ですか?」

どうやらノイマンはナタルと違い、状況をしっかり把握出来ているらしい、昨夜の事も覚えているようで、彼女の身体に気を使い、心配そうに眉をしかめる。

「…ところで…」

ナタルは昨夜何があったのか、知るのは怖かったのだが、思い切って聞いてみた。

つづく

ちょっと休憩〜

長くなったので前後半に分けてみました。はてさて、二人の間にいったい何が!?この話はナタルが下戸だって知ったときからずっと頭にあったものなんですけど、私の中では「ギャグ漫画」として頭に浮かんでて、(1、2話は文章として浮かんだんですけど)文章化するのに苦労しました。GWにでも小説に挿絵を付けて本を出したいと思っていますが、第三話は漫画にしたいと思っております。

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