小野一刀斉にて最も初めの組太刀一つ勝。切落しの意味一本発明すれば今日入門したる者も明日必ず皆伝を渡すべしと申し教ふるなり。是はなはだ六ヶ敷き事のようなれどもやはり一心一刀のところにて切り落とすと共に敵に当たるの意、受けくると直ちに当たるの意にて二心二刀にならぬことを申したることのみの事なり。一刀流と名付けたる処の意味これなり。能々自得発明すべし。
往年剣道の皆伝は門下傑出の者一名に限りて渡す古法なりし故、一刀斉も一人に一刀一巻の書を伝えん事を欲すれども門下に次郎右ヱ門、善鬼という両人の名人あり。然るに次郎右ヱ門は清潔の人なり、善鬼は甚だ心正しからざるもの故、陰に忠明に無想の意を伝へ下総国小金ヶ原において両人を呼び寄せ一刀斉言われけるはこの度、其の方両人の内一人へ皆伝を渡すべし。然るに何れも薀奥を極め互いに劣らぬ上達なれが如何とも為す様なし。依って両人此の処において真剣の勝負をなし打ち果たしたる一人へ皆伝を渡すべしとの事なり。両人は此れを大いに勇、双方とも真剣を以って戦いたるに遂に善鬼は忠明に打たれたり。一刀斉此れを見て大いに喜び長光の作瓶割りと名付けし一刀、并に一巻の書を小野次郎右ヱ門忠明に伝えしと云う。
下総小金ヶ原に塚在りその上に松の老いひ繁れり、此れ即ち善鬼の塚地なり、土人その松を呼んで善鬼の松と唱えり。又瓶割と名付くる名刀はある夜一刀斉の住処へ盗賊忍び入りたるを一刀斉太刀を提げてその賊を追いひかけたるにその賊大瓶を楯になし右より追えば左へ、左より追えば右へ逃げて討ち果たす事叶わず一刀斉大いに怒ってその大瓶と共に打ちこみしにその瓶二つになり賊と共に真っ二つになりと云う。爾来其の刀を称して瓶割りと名付けしと云ひ伝えたり。又この一刀、一刀斉の三十三度の真剣勝負に用ふる所の名刀なり。或説にこの刀は一文字の作なりと云ふ。
一刀斉鎌倉に住せし時、他流の者徒党して一刀斉の妾に馴れ合ひ、一刀斉に酒を強ひて進めその熟睡せし処へ夜討を掛けたることあり。時しも夏の事なり。一刀斉は平常枕を蚊帳の裾にくるみて臥したる程の人なれども枕刀は妾の為に奪われ、且つ熟睡の処へ切り込まれしなれどもその物音に驚きて目を覚まし向より打ち込み来るをくぐり抜け後よりその者を突き倒しければ同党の者之を一刀斉と思いて切りかけしを突き倒して遂に敵の一刀を奪い取りその太刀にて危うき所を切り抜け門人小野次郎右ヱ門忠明に会し、その切り抜けたる太刀の型を伝え我が身その落ち度を恥じ隠遁して行衛知れずと云ふ。これ当流の佛捨刀なり。
以上