フラクタル 1〜11話

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EPISODE01 出会い

派手さはないが実におもしろそうだ。

 そんな今回のお話は…
 フラクタルシステムがかつての勢いを失ってから千年。人々はその恩恵による究極の個人主義的生活を送っていた。  主人公クレインはそんな世界に生きる14歳の少年。古い機械の収集や解析が趣味で、第二の自分・通称「ドッペル」を持たないちょっと変だけど、ごく普通の男の子。
 ある日クレインは謎の飛行船に追われる一人の少女を助ける。シスター服を着たその少女はフリュネと名乗った。
 初めて触れ合う生身のニンゲン、女の子―、彼女との出会いがクレインの日常を変えてゆく。
 以上公式のあらすじ。
 実にのどかな感じのお話ではあったものの、物語の序章としてとても良く出来ていた。
 基本的にはボーイミーツガールであるのだが、働かなくても喰っていける、人と触れ合わなくても暮らしていける、そんなフラクタルシステムが確立して千年。そんな時代の少年が、初めて出会った生身の人間の女の子。追われていた彼女は一夜にして主人公クレインの前から姿を消す。謎のデータを残して。
 何の不安もない生活だが少し退屈。そんな彼の世界に起こったこの出来事は、今後、彼の運命を大きく変えていく事を予感させる。
 またフリュネという少女も、どこか世間擦れしているし、「この時代の人々は」などと意味深な事を言っていて、しかも何者かに追われている。と謎が多く、彼女が何者なのか、どうして追われているのか、クレインに託したデータはなんなのか、どうしてクレインの前から姿を消したのか。とてもミステリアスなのも興味を引く。
 クレインが、フリュネが、そして今回ラストに姿を現したドッペル(アバター)であるネッサがこれからどうなっていくのか。何か派手なアクションがあったわけでもない今回ではあるが、退屈な世界で過ごす少年に訪れた、今までの事が少し変わるきっかけとなった出来事を実に丁寧に描いていたと思います。

 そんなお話もさることながら、その上記「出来事」を中心に、さりげなく世界観を説明しているのが上手い。
 どこかでその世界観を語るナレーションが入るわけでもなく、少年クレインの生活と行動そしてモノローグで、それらを語らず説明している技量は素晴らしく、見ていて分かるようになっているというのは、それだけ上手く作ってあると言える。
 上手く作ってあると言えばクレインもそうだろう。人と触れ合う事を必要としない世界で初めて出会った異性にドギマギしている男の子を見事に体現していて微笑ましい。
 そんな彼がフリュネと出会い、少し印象的な言葉を放っていて、フリュネが消えて「勝手に現れて勝手に消える。いつも自分の好き勝手。今の世界は皆そう。でもどうしてこんなに腹が立つんだろう」と言うのだ。
 この世界でみんながそうであるのにフリュネに対して腹を立てている。フリュネがドッペルであったならそうは思わなかったであろうが、彼女はそこに実在し、クレインは直に彼女と触れ合ったのだ。データだけでは得られない何かを感じたからそう思ったのだ。皆そうだと思いつつも彼女に対して立腹しているクレインは、それだけで彼の中に無自覚に心境の変化が起こったことを表している。
 もしかしたらそれは、変わったのではなく彼の中から湧き上がってきた、その世界で忘れ去られてしまった人らしい感情、なのかもしれない。
 かくして始めで出会った生身の少女と別れ、そして彼女が託したドッペル「ネッサ」と出会った彼が、これからどんな事になっていくのか、またどう変わっていってどんな冒険をするのか期待していきたい。

 さて、個人的なお話ですが、やっぱり男の子としては女の子に注目せざるを得ない(笑)。
 メインヒロイン(?)で聖職者っぽい喋り口調で、どこか世間擦れしているフリュネも志摩子さんみたいで良かったのですが、個人的には彼女の追跡者であったエンリがアホっぽくて可愛らしかった(笑)。クレインの家に押し掛けてきた時のコメディは笑わせていただきましたよ。
 公式のキャラ紹介を見ると「ドジッ子」らしいので、その辺も期待して見ていきたい。ネッサは……まだ何とも言えんなぁ。台詞一言「どぁーん!」だけだし。

EPISODE02 ネッサ

むう、興味深いなぁ。

 そんな今回のお話は…
 どーーーん!フリュネが残したブローチから出てきたのは幼い女の子ドッペル・ネッサだった。
 普通のドッペルとは違う触れるドッペルに戸惑うクレイン。一方天真爛漫・無邪気なネッサは行く先々で問題を起こしてしまい…。
 初めて他人に振り回されるわずらわしさに苛立つクレインはネッサを「忘れ物」としてセキュリティに預けてしまう。
 クレインを自分の居場所だと言ったネッサは一体どうなってしまうのか…!?
 以上公式のあらすじ。

 お話としては、ネッサに振り回されていいかげん嫌気がさしたクレインは彼女をセキュリティに預けてしまうが、家で一人になって自分しかいない家を広く感じてしまう。今まで一人で暮らしてきたクレインだが、フリュネ、ネッサと触れ合い「一人は嫌だ」とつぶやく。そんなふうに思っていると預けたはずのネッさが帰ってくる。飛び込んでくルネッサを受け止めるクレインであったが、彼を付け回していたエンリに掴まってしまった。ってところで引っぱった。
 内容としては、ネッサの紹介とその人となり、そしてよく分からない彼女の謎を見せるのと同時に、他人と触れ合うことや自分の肌で感じることで、クレインが超個人主義である世界への違和感と、自分と他人を含め「世界」なんだという事の片鱗を見せている。
 ネッサの方は後で語るとして、クレインはそれまで一人で暮らしてきて、その世界に何の不満も無く過ごしてきたが、初めての異性との出会いや今回Aパートのネッサとのことで感じた煩わしさや苛立、そして一人でいることの寂しさと誰かといることの楽しさをその身で実感する。
 今、我々が普通にしていることが当たり前ではない世界。家族でさえも一緒に住むことのなく、他人と関わりを持たず、面倒なことは自分の分身であるドッペルがしてくれる世界で、クレインは上記したようなことを初めて体験し、それまでと違う自分へと変革していっていることを、ネッサの登場から少しの別れ、そして再会する流れの中に上手く織り込んであり感心した。
 説明しなければならないことや見せなければならないことなど、まだこの段階では多い中、物語の流れのひとつとして無理なく、そしてストレス無く見れるのは素晴らしいことだ。
 個人的な所としては、ネッサと別れた後の家族会議で、クレインの両親が彼を心配しているのは分かるのだが、そこにいるのはドッペルで劇中クレインが言うように、そんなに心配なら一緒に住めば良いのだが、超個人主義の世界は家族が一緒に住むのはお互いを信頼していないからだなどと言う。
 我々の感覚として、当然その考え方はおかしいと思うのは当たり前だが、それをクレインも同じように感じたことで、彼と「この世界はどこか歪んでいる」という事の感覚を共有させることで、見ている者が彼に感情移入するように仕向けている。  感情移入するという事は、それだけのめり込んで見ているわけなので、上手く物語を見せている、という事になるし、何よりそう仕向けているであろうことが素晴らしい。
 勝手に話が進んで勝手に終わるのであらば、物語を見ている必要は全く無いので、画面の中に集中させることが出来る、それだけの仕掛けを作っているというのは、それだけ考えて作っているという事なんじゃないでしょうか。
 お話の展開としても、出会い、別れてそして再会した所で掴まってしまう所で引っぱって、「これからどうなるんだろう」と続きを気にさせてくれる。続きが特に気にならないアニメも多い昨今、ちゃんと物語り全体を見てもらおうと考えて作っているんだから感心だ。

 さて、フリュネがいなくなり、メインキャラの一人であるネッサが登場したわけですが、今回冒頭でのフリュネが「世界の鍵を盗んだ」ことや、ネッサが「触れるドッペル」であること、触れるドッペルは個人のナノマシンデータを転送しなければならないこと、フラクタルシステムは決まった時間に「祈り」と称したデータの転送を義務づけていることなどを踏まえると、どー考えてもネッサはフラクタルシステムそのものに大きく関係していることが分かる。
 まぁその辺は追々分かってくるであろうからとりあえず良いとして、個人的に気になったのは、クレインが触れなくなった時があるという事だ。
 その時はネッサに振り回され、そんな状況に嫌気がさしていたからそういった感情的なことが関係しているのであろうとは思うけど、それで触れなくなってしまう理由がさっぱり分からない。ネッサはデータなわけだからそんなことで触れなくなってしまうんだろうか。それともこの世界の技術はそういった感情をデータ化しているんでしょうかね?
 そしてネッサが触られることに喜んでいたことを考えると、彼女に触れることが出来る人間はあの世界で数少ないのであろう。そういうことから考えて、この物語のイントロダクションとして、フラクタルが崩壊しはじめたというのがあるんだから、システムは人が人らしい感情を無くしてしまったことで、自らを失敗とし、人が人らしくある為に新しく構築したシステムの一端がネッサ……なのかもしれませんね。ま、私の妄想ですが(笑)。

 そんなわけで男の子としてやはり女の子に触れないわけにはいかないわけで、今回はやっぱりネッサだろう。
 個人的にはああいう天真爛漫な感じの女の子は好きである。オレもクレインみたくネッサに振り回されたいです(笑)。
 クレイン同様「ああっもう!」とか苛立ったりするんでしょうが、一緒に居てすごく楽しそうなのが良いですな。これからどんなことをしでかし、どのように物語を動かしていくのか楽しみです。
 そしてお気に入りのエンリですが、前回同様にアホっぽくてかわいいです。しかしエンリってちょっとエッチなことに敏感ですよねぇ。妄想が過ぎるっていうか(笑)。


EPISODE03 グラニッツの村

いやぁ良く出来てるなぁ。

 そんな今回のお話は…
 フリュネを追っていたエンリにネッサと共に捕らわれてしまったクレイン!
 連れてこられたのはフラクタルシステムに頼らない生活を送るロストミレニアムの人々が住むグラニッツ村だった―。
 旧時代のものがあふれるその村にビンテージ好きなクレインは興味津々、好奇心を抑えきれない。自分が今まで知らなかった世界がクレインの前に広がってゆく。
 リーダーのスンダはどうやらクレインがフリュネの行方を知っていると考えているよう。  
 そんな中スンダ達はフラクタルシステムに大きく関係のある「星祭り」襲撃を企てていて…。
 以上公式のあらすじ。

 今回もお話は良く出来ていて、連れてこられたグラニッツ村でのほのぼのした所から、ラストの星祭り襲撃急転直下と、退屈させない話の流れは素晴らしいし、なにより体内のフラクタルシステムのターミナルを除去し暮らしている村の人達の生活、その理由、クレインがしていた生活のと違い、ロストミレニアムの活動、星祭りの真相、そしてネッサのことなど、説明しなければならないことが多々ある中で、その説明を感じさせないお話の作りが見事だ。
 お話としては、これまで同様にクレインが他人の手料理を口にしたりと、村の人達に歓待されたりし、彼がその身で感じるデータでない実感を得ることをメインに、スンダの語るロストミレニアムの思想とその生活と弊害、そしてフラクタルシステムを管理する僧会との対立を描いていて、クレインが自分が住んでいた町から離れ、色々なことを体験し考える所を見せている。
 今回の大きな流れとしては、フラクタルシステムを否定するロストミレニアムというのがあるのだけど、クレインが感じていたように、スンダの言うことはもっともなのだけれど、その思想はかなり過激派である。確かに劇中世界の人々は、人間らしい感情や生活をしているとは思えないが、それを武力でどうこうしようっていうのはやはり間違っている。
 個人的にすんだなんかを見ると、救世主きどりをしているように見えてしまうなぁ。まぁでも、そのあたりは、まだフラクタルシステムを管理している僧会の全容が見えてこないので何とも言えません。なにせ今の所スンダ=ロストミレニアムの主観を聞かされただけだし。これから劇中世界のことが分かってくるとまた印象が変わってくるかもしれない。
 クレインの方は、先に述べたクレインが体験、体感していくことを中心に、星祭り襲撃まではほのぼのとして楽しい感じであったのだけど、そこからの急展開で、争い事で人が死ぬことを目の当たりにし、彼が外に出て実感すること、つまりはその世界というのは楽しいことばかりでないことをクレインは知る。
 こういった様々なことをこれから見て、体験してく彼が、これから先どうなっていくか楽しみである。
 個人的に今回、彼の体感という所でのおもしろかったシーンとして、「豆とスメリ草のスープ」の味を、ドッペルで食事することのないネッサにどんな味だったかを踊りで表現してくれと言われ躍るシーンだ。
 味を踊りで表現するだなんてと、その奇妙奇天烈な発想と恥ずかしさもあって最初テキトーに躍るも、ネッサに「こそこそした味なの?」と言われ、いつもチューブばっかりで食事をし、そのスープのおいしさに感動していた彼は、そのおいしさと感動を伝えたくて「いやもっとこうだよ!」と激しく躍り出すのがいい。人はその感動を他人に伝えたくなるものなのだ。
 
 ネッサの方は相変わらす天真爛漫だが、さすが「世界の鍵」。ちゃんと本編に絡んでくる。
 星祭りにいた僧会の巫女(?)の中にもネッサがいた所を見ると、やはりネッサはフラクタルシステムの端末なのではないだろうか。
 しかし僧会のネッサはクレインのネッサとは随分と感じが違うこともあるし、フリュネがわざわざ持ち逃げしたのだからクレインのネッサはまた特別で、何かしらの役割があるんだろう。彼女のその役割がどこでどのようなことになるか楽しみだ。  ネッサとして個人的に、やはりその天真爛漫さが愛らしく可愛らしく、スンダと一緒に居たくないのでエンリと居ると言い出したネッサが「あなたの宝物を見せて〜」と駆けていく様が微笑ましい。
 そういえばこのネッサ。村に来て出会った少女とは握手できたが、スンダは触ることが出来なかった。ネッサは「ネッサはネッサが嫌いな人は触ることが出来ない」と言っていたけど、フラクタルシステムと接続している人ならまだしも、ターミナルを除去した人もそうなるのはちと解せんな。
 そういうことから考えてもネッサが特別だという事が分かるが、その辺の理由はいったいどうなっているんですかね。そのネッサに触れる触れないは結構印象的に見せているので、投げっぱなしになることはないでしょうが、フラクタルシステムとネッサの謎という所でも、物語としてとても興味深い。

 最後に再登場はもっと後かと思っていたフリュネ。意外と早い再登場でしたな。
 彼女の謎の多い人物で、正直彼女のことはこれまでを見ても分かる所は少ない。しかし、僧会のネッサに「お姉さま」などと言われている所を見ると、フラクタルシステムと大きく関わっているようだ。
 それと共に「僧会」がどんなものなのかも語られておらず、また劇中世界という所も部分部分でしか見えていなくて、例えばこれまで「バルーン」という単語が何度か出ているけれど、それがなんなのかは全く説明がない。
 まぁそれは、クレインの歩みと共に徐々に明らかになっていくのであろうが、そういった今見せる所とまだ見せない所を考えて作ってあるのは物語として上手く、興味を後の話へと引っぱっている。
 ともあれ、フリュネの再登場からこの物語、ひいてはクレインがこれからどうなっていくかが楽しみだ。久々におもしろいアニメに出会ったような気がしています。


EPISODE04 出発

謎は深まるばかりだなぁ。

 そんな今回のお話は…
 星祭り会場に突然現れたフリュネ。スンダは襲撃を諦め、「世界の鍵」・フリュネを僧院側から誘拐する。
 それにより僧院から指名手配されてしまったグラニッツ一家は、フリュネを連れて村から離れる決断をする。
 フリュネとの再会を喜ぶクレイン。もともとはフリュネの物だとネッサを返そうとするがフリュネはそれを拒絶してしまう。自分は嫌われているから……と。
 そんなクレインに腹を立てるネッサ。フリュネの事が気になるクレインはネッサよりもフリュネを優先してしまって……。
 以上公式のあらすじ。

 お話の印象としては、やっと始まったという感じで、フリュネと再会し僧院から追われ、結果、指名手配されたグラニッツ一家と行動を共にすることとなる。何となくこの辺は、忘念のザムとかエウレカ7を思い起こされる。
 まぁそれはいいとして、とりあえずの一番の鍵である人物「フリュネ」と合流し、サブタイ通り一緒に「出発」したわけだから、物語としては上記したようにやっと始まったという感じで、これからどうなるかを期待させてくれる。
 今回のお話としては、そこへ至るまでという事になるが、これまでにフリュネって何者なの?とか、ネッサって?ロスとプレミアム運動って?僧院って?フラクタルって?と、視聴者の同調役のクレインに投げつけ、その様々な疑問の真相を知っているであろうフリュネが再登場したことで、知りたいという(劇中的にはクレインがフリュネから聞きたい)という欲求を起こさせる上手い脚本だ。
 基本的に、主役であるクレインは何も知らないが、その周りのキーとなる人物、フリュネやスンダ、そして僧院の者たちはクレインが知らないことを知った上で喋っており、クレインはもちろん、同調役である彼と同様に何も知らない我々は、彼らが言っていることやっていることがさっぱり分からない。分からないからこそ知りたくなるもので、しかも、自分の周りはそれが分かるような気がするようなことを口にするので、もうちょっと突っ込めば分かるかもしれないという、知りたいという欲求を上手くついて興味を引っぱっているのだから上手く作ってあると言える。
 でもそれはさりげなく、クレイン以外が知ったふうな口をきくような至ってあからさまではなく、クレインは巻き込まれているのであって、蚊帳の外状態なのは当然のことだから、分からないのは当たり前なのだ。
 例を出しますと、カンダム00なんかはあからさまで、ガンダムマイスターとかになんか知っているであろう人物が意味深なことを言ったり、重要人物っぽい人がひとりで窓の外を見ながら知ったふうなことをひとりごちたりして、それが癇に障ったのだけれど、こちらフリュネとクレインが再会して話をしても、知っているフリュネは知った上で話すものだから、知らないクレインは彼女の行動が理解できない。
 それは見ている我々も同じで、気になるあの娘にやっと会えて事情を聞こうと思ったらひっぱたかれる。「なんで?どうして?」と思うのは当然で、そりゃバイクで走り去ろうとする彼女を追いかけるというものだ。つまりは、他の奴らはともかく、同跳躍クレインのことは我々は重々承知であるので、彼の気持ちを共有して分かる。という事が大事なのだ。
 主役の行動がよく分からんというアニメもある昨今、主役に感情移入できるように作ってあるのだから感心する。だからこそ続きが気になるというもので、彼と一緒に劇中世界の謎を知っていく、また自分の分身たる彼がこれからどうなっていくのかを楽しみにできる、というものだ。

 今回としましては、やっぱりフリュネが印象に残った。
 ネッサを残し姿を消した彼女と再会し、「天空の城ラピュタ」のシータとパズーのようになるのかと思いきや、ひっぱたくは自ら残していったネッサを起こしたこと起こるわ、データを勝手に見たことに浅ましいと言われるはで散々である。
 これも上記知った上での行動なので、クレイン同様に自ら姿を消し自ら残していってなんでそうなる?と思ってしまうし、淡い期待を裏切られたこともあって、彼女という人物を強く印象に残していると共に、ヒロインであるフリュネにある背景を知りたくなる。
 また、フリュネが持っていたにも関わらず、ネッサは彼女のことを知らないし、フリュネは自分はネッサに嫌われているという。そしてフリュネはネッサに触れないのだ。つまりフリュネはネッサに良い感情を持っていないという事になる。
 それなのにどうして彼女はネッサを持ち出したのか、また僧院の巫女でありながら何故フラクタルの崩壊を望むのか、それでいながら星祭りでアップデートを再び始めるようにしたのは何故なのか。
 とにもかくにも分からないことばかりな彼女は、この物語の一番の鍵となる人物として、また、クレインとの関係がどうなっていくかという事も含めて、とても強くフリュネという人物を印象付けている。
 彼女が何を知りどのような役割を持っているのかが分かる時が楽しみだ。

 そういえば、今回ほんの少しだけ分かったことがあって、フリュネはなっ差がはいったデータを開ける者がいるとは思わなかったと言った。つまり彼女はネッサを表には出したくなかったということだ。
 それが何を意味し、今ここにネッサがいることでどうなっていくか、今後が楽しみで仕方がない。


EPISODE05 旅路

うーん。フリュネの背景が分からないので難しいなぁ。

 そんな今回のお話は…
 グラニッツ一家と共にダナンに乗る事になったクレインとフリュネ。フリュネは人質としてだが、付録扱いのクレインにはイマイチ居場所がない。
 ただ乗りするわけにもいかず、艦の手伝いをするクレインだが初めての肉体労働に戸惑うばかり。
 興味のあるヴィンテージの機械にも触らせてもらえないし、気配はあるものの姿を現さないネッサやはっきりしないフリュネにもやもやするクレイン。
 そんな中ダナンに異常事態発生!?
 以上公式のあらすじ。

 お話は、グラニッツ一家の船「ダナン」での一幕を通して、フリュネとネッサが少し分かり合うという内容。だが、冒頭に書いたように、彼女の背景はまだ語られないし、それが分からない分、彼女がどう思っているのかを読み取れなくて、フリュネがどう折り合いをつけたのかがよく分からない。
 まぁそこは、おそらくは分からないままで進ませようとしている節があって、見ている者の同調役であるクレインにフリュネが何も語らないということは、まだ見ている者には分からなくても良いという事なんだろう。
 さて、お話としましては、飛行船という限定空間で行われるアレコレを描いており、初めてする労働に対するクレインだとか、グラニッツ一家との触れ合い、そして自分の殻に閉じこもっている感のあるフリュネの心のありようが、クレインとネッサによって少しだけ変わる様子を描いていて、クレインとフリュネの心情が少しずつ変化していく過程を見せている。
 割とドタバタ的な感じではあるが、そういう中でクレインの自覚のない淡い恋心であったり、それ故に知りたいフリュネの秘密や、彼女が思い抱えているであろう何かによって頑な部分を、クレインが気持ちをぶつけたりすることで、それを少し解きほぐしたりして、大きな流れの中のいちエピソードとして成り立っており、サブタイ通り「旅路」の一幕として良く出来ている。

 個人的に興味を引いたのは、やはり謎の多いフリュネで、彼女がネッサをどう思いどうしたいのかがなんとなーく見えてきた感じだ。
 フラクタルシステムを終わらせたいとするフリュネを考えると、クレインの「ネッッさが嫌いなの?」の質問に「好きになってはいけない」と答えた所を見ると、やはりネッサはフラクタルシステムそのもの、もしくはその中枢に近い何かなんだろうと思う。
 終わらせようと思っているものに対して好きと思ってしまっては、その目的を達成できない。それは今回のクライマックスである閉じこもったフリュネの言葉でも感じることが出来て、持ち出したネッサと共に終わらせたかったと言ったこともそういうことなんだろう。
 彼女としてはネッサを本当に嫌っているわけではなく、目的の達成の為に無理にネッサを拒絶していて、だからネッサがフリュネに触れることが出来なかったわけだが、今回手を握ることが出来たということは、ネッサに対しての気持ちが変化したということになる。
 で、冒頭の所へ行き着くわけなのだが、クレインの言葉を受けて一人うずくまり、ゆりかごのように揺れる中でつらい表情を見せる彼女がそこで何を思ったか。そしてそんな折に現れたネッサにどう思ったか、それが今ひとつ分からない。
 おそらくは、ひとりで暗い場所にいることで、つらい何かを思い出してしまったんだと思うんだけど、彼女の背景は全く語られていないので、クレインの言葉から逃げ、そしてネッサと向き合い彼女の心情がどう変わっていったのかの詳細を知ることが出来ない。
 上記したが、それは追々分かってくることなのであろうから、とりあえず今はそれで良いのだろう。もしくは物語としてここでそれが分かってはいけないという事なのだ。
 ただ、ここで頑な彼女の心に変化が見えることは見せないといけないわけで、まだ語ってはいけないことを隠しつつも、彼女の変化という部分を、「よく分からないけれどそういうことなんだろう」と分かるようになっているのは上手く作ってあると言える。
 まぁ後でちゃんとどういうことだったのかが、ちゃんと分かるようになっていればの話ですが(笑)。

 謎が多いと言えばネッサも同じである。当然興味は尽きない。
 そもそも、なんでネッサは気持ちの持ちようで触れたり触れなかったりするんだろうか?その辺の理屈がよく分からないな。その辺後々ちゃんと説明してくれれば良いのだけど、はてさて。
 それと、今回の船のシステムトラブル騒動ですが、これはネッサの所為じゃないよね。たぶん。いや原因のひとつにはなったであろうが、僧院がワーム(?)を放っていたことを考えると、むしろそっちが根本と見る方が正しいだろう。
 ネッサがそれを触って消していたのを見るに、彼女は何も知らずにその原因を消して回っていたのかもしれないなぁ。

 ともあれ、物語の本筋としての進行度はほとんど進んでいないが、旅路の一幕として十分楽しんだ。
 少し変わったフリュネとネッサ、そしてクレインがこれからどのような出来事に巻き込まれていくかが楽しみだ。


EPISODE06 最果ての町

うーん。じゃあドッペルってなんなんだろうな。

 そんな今回のお話は…
 ぎこちなくもネッサと分かり合えたフリュネ。クレインも大爺になんとか認められ、ダナンに触ることが許された。
 そんな中ダナンのメンテナンスの為立ち寄った場所は、バルーンが落ちフラクタルの加護を失った圏外難民たちがさまよう土地だった。
 フラクタルシステムの現状を目の当たりにしたクレインは、ヴィンテージカメラを持った怪しげな男と知り合う。
 友達になりたいというクレインに男は「とっておきの物」を見せてやると言い―
 以上公式のあらすじ。

 今回も旅の一幕という感じだが、色々な要素があって興味深く見た。
 話としては、フラクタルの電波が届かなくなった最果ての町にて出会った一人の男を通して、フラクタルシステムの功罪とシステムにすがる人々、色々な派閥のあるロストミレニアム運動などの劇中世界の一部を見せていて、上で言ったように色々な要素がある中で、上手くひとつのお話としてまとめてあり感心した。
 これまでを見てきて思うのだけど、フラクタルシステムは確かに素晴らしいものではあるけれど、正直良い点よりも悪い点の方が目立つな。というよりはそこをクローズアップしているんだと思うけど。
 まぁ恒久的に続くものだと思われていたものが、今システムが崩壊しはじめたことによって、今回の町のようにその恩恵が受けられなくなる地域が出てくることを想定していなかったことと、それが当たり前になるほどの時間が経ったからなんだけど、全盛期がどんなふうに世界が回っていたかが想像つかないな。正直、この劇中のような世界になったとして、それで世界が回っていけるかちょっと疑問だ。
 まぁそれはそれとして、フラクタルの功罪として、自分が働かなくても暮らしていけるが、今回のように圏外になってしまうと、それに慣れ切ってしまっている人々はどうしたら良いか分からない。要は過ぎた自由が怠惰を招いたということか。
 そんな哀れな人々につけ込むロストミレニアム主義者もいて、最初胡散臭かったグラニッツ一家は、ロスミレの中でもかなりましな方だったようで、今回出てきたロスミレの連中は、本当にテロリストの様であった。劇中世界ではこんな連中がきっと多くいることだろう。なるほどそれを考えるとグラニッツは「スマート」である。
 そういったロスミレとは違う考え方を持った者が今回の電波塔の男である。
 もう人々はフラクタル無しでは生きられない。電波が届かなくなって届く所に移動する難民になるんじゃなくて、自分達の手で電波が届くようにする。それに残りの人生を捧げちゃっている男なのだが、正直それも根本的な解決ではない。彼がクレインに教えたかった「真実」ってのは一体なんだったんだろうな。
 しかしそれでクレインは、フラクタルにすがる哀れな人々やロスミレの過激派のすることを知る。今、世界で起こっていることの一端を知ったという事では「真実」を見たのかもしれない。
 けれど、今回語られたように、フラクタルの恩恵を受けられなくなると人々が全員難民になることは間違いなく、それでもフラクタルをぶっ潰してしまってもいいのだろうか。そういうことを考えても、緩やかに崩壊しつつあるシステムは、逆にこれで良いのかもしれない。性急過ぎる変化についていける人は多くはない。
 それを踏まえて考えると、案外フラクタルシステムは自らその存在を消そうとしているのかもしれないなぁ。

 さて、上記以外の事で言うと、冒頭に書いたドッペルってなんなのかという疑問が残った。
 電波塔の男は結局クレインの父親であったのだが、クレインがそれに気付かないという事は彼はどのようにして育てられたというのだろう。
 また本人の替わりであるはずのドッペルだが、今電波の届かない所にいる父親なのだけど、クレインが旅に出ていないとしたら、父親のドッペルはどうなっていたのだろうか。クレインの家に現れていたドッペルは勝手に動いていたという事なんでしょうかね、本人の意思とは関係無く。
 それは本人の名を語ったデータが勝手なことをしているわけで、個人的にはそれはものすごく気持ちが悪いんだけどなぁ。劇中世界ではそれが当たり前なんだろうかね。今ひとつ普通のドッペルという存在がどのようなモノなのかがよくわからん。
 そういえば、ドッペルと言えばネッサである。今回ほとんど出番のなかった彼女だが、スンダがおもしろいことを言っていて、圏外なのになんでネッサが見えるのか、という事なんだけど、それを踏まえるとやはりネッサはフラクタルそのものなんじゃないんですかね。

 そんなお話以外ではフリュネという人物もよく描いていてなかなか興味深く、彼女の世間擦れいている所や年齢に割に子供っぽい部分などから見て、一般的な世界から隔絶されていたような印象だ。
 ジャガイモの皮を出来るだけ細く長く剥こうととしていたり、水遊びするサンコとネッサを見て我慢できず自分も飛び込んでしまったりする所を見ると、そういったことの経験がなく、とても新鮮に映ったのであろうことが分かる。
 分かると言えば、水遊びの際に、これまでもそうだったように何の躊躇もなく服を脱いでしまう「羞恥心のなさ」は、要はそれを気にする必要がなかったという事だ。裸を見られ恥ずかしいという感覚が彼女にはない、もしくはそのように育てられたという事なんだろう。
 そういった無知であるが故の無垢が可愛らしくはあったのだけど、やはりそれはおかしなことではあり、彼女の素性が気になるところだ。
 それにしても、今回フリュネが盗んできてしまった電波塔の男が撮ったクレインの写真。これって持ってきちゃって良かったんですかね?
 今更名乗り出られない父親が、せめてもの思い出として撮ったものなのだろうと思うんですけど、写真がないと知った父親はがっかりしているんじゃないかと思うと酷いことするなと思ってしまうのですが、すごく捻って考えると、フリュネは名乗り出てほしいとか、そんな写真にすがらないでほしいとかいう気持ちがあったのかもしれない。と思うと彼女はなかなか深慮深い。のだけど、それは撮った写真のことで、いくら何でも家族写真を持ってきてしまうのはどうかなと思いました(笑)。

 とまぁ今回も楽しく見たわけですが、これからどんなふうになっていくかはよく分からなくて先が楽しみです。どうオチをつけるつもりなのかなぁ。


EPISODE07 虚飾の街

前回から一転、今度はフラクタルが完全に生きている街へ。
つか、なんか作画が……。

 そんな今回のお話は…
 水探しの途中ではぐれてしまったクレインとネッサ。ミーガンというドッペルに助けられたクレインは完全都市「ザナドゥ」へとやってくる。
 ザナドゥはフラクタルシステムがまだ完全に機能している街。そこでクレインは何者かから妨害を受け高熱にうなされるネッサを発見する。
 エンリ達はゲイルという人物に出会いクレイン達を探してもらうが……。
 以上公式のあらすじ。

 まぁ作画はともかく(じゃあ言うなという話だが)、お話の方は割と急転した感じではある。
 今回はフラクタルが完全に機能している街での出来事で、それを通してネッサの気持ちをクレインが知るというのが本懐であろう。それと共に、フラクタルにつかり生きる人やそこでしか生きられない人を描いており、フラクタルは果たして滅びていいものなのかを問うている。ような気がする。
 そんな中興味を引いたのは本懐の部分で、クレインが連れられた完全都市ザナドゥで、きらびやかな街ではあるものの全てが虚構で触る事が出来ないものに対して、暖かみを感じられない、実感を得られないことがどんなに寂しく冷たいのかを知る事で、はじめてネッサのおかれている環境と気持ちを知るわけですが、ダナンにおいてもクレインとフリュネ以外はバイザーをつけなければネッサを見る事も、その声すら聞く事が出来ないわけで、その寂しさたるやという話である。
 認識されてこその存在なので、例えば自分が全ての人に気付かれることがなかったり、目に見えているのに触れなかったり触られる事がなかったのなら、それは想像するだけでも結構つらいだろう。
 常に明るく笑顔を振りまいているネッサが、ただ単にそうであるのではなく、そのさみしさを押し込めていて、それが分かったクレインにないて抱きつく彼女が印象的であった。

 さて、お話としてはひとつの話の中で二重構成になっており、フラクタルというネット上の虚構の街にいるクレイン達と現実世界で彼らを捜すエンリとフリュネ達を上手く組み上げてあり、お話として結構おもしろく出来ている。
 それでも虚構の世界と言えど現実世界の上に成り立っており、重なる部分と重ならない部分、虚構と現実の二重構造で成り立っている劇中世界のおかしさに、僧院から手配されているクレイン達を上手く乗っけて話が作られている。そういった中で物語としてのネッサの役割である所の片鱗や謎を見せて興味を引っぱっているのも良い。
 興味を引くと言えばやはりネッサの事で、世界を滅ぼす事も救う事も出来る鍵、らしいのだが、今回ネッサがザナドゥをその秘めたる力で消してしまった所を見ると、案外ネッサは自分がどういうものなのかを自覚しているのかもしれない。
 しかし「鍵」と比喩されるのはネッサだけではなくフリュネもそう言われているのだけど、ではフリュネにはどんな役割があるというのだろうね。データでない生身のフリュネはどういった部分で「鍵」だというのだろうか。謎は尽きないがその謎が分かる時がこの物語の終わる時なんだろうなぁ。

 物語としては、今回クレインが撃たれてそこへ僧院の船がやってきた所で引っぱり、続きが気になるところ。
 これからどうなっていくのか楽しみだなぁ。


EPISODE08 地下の秘密

むぅ、「鍵」とはなんだ?

 そんな今回のお話は…
 バローに捕らわれてしまったクレインとフリュネ。重傷を負ったクレインを人質に取られ、フリュネはバローの仕打ちに耐えるしかない状況に。
  一方クレインはネッサと同じ容姿の女の子に出会う。フリュネの居場所を尋ねるが、彼女は自分の名前もフリュネだと言いなんだか会話がかみ合わない。
 そんな中クレインは自分が捕らわれた施設の全貌を知ることになる。
 以上公式のあらすじ。

 お話は僧院の地下施設に収容され、フリュネの秘密の一部を知る、という内容。
 3話あたりに出てきたネッサと同じ容姿の女の子は、どうやらフリュネのクローンだったようだ。まぁ要するに「鍵」を複製しようというのがバローの腹のようだ。
 しかし、使い物にならないそのクローンフリュネは消され、何をどうもって「鍵」となるのかがよく分からない。
 バローがフリュネがまだ鍵足り得ているかどうかを調べると言ってさせようとしていた所を見ると、どうも処女であるかないかが重要なようだが、それとシステムに何の関係があるというんですかね。全然関係ないような気がするんですが。
 そう言ったことを考えて、案外「鍵」とか言っているけれど、時間が経ち過ぎて本来の鍵と別の形で伝わってしまっていて、オチとしてシステムの再起動とは関係無いとかだったりするんじゃないのかなー。
 とまぁ物語的な所は随分と核心に近づいてきた感じですが、全てを知るにはまだ遠いと言った様相。もう1、2話進めば分かる所も多いだろう。もう終盤だし。

 お話の方としては、大量生産されるクローンに替わりはいくらでもいるとするところに、誰かと関わればそれだけでもう替わりのいる誰かではなく特別なんだということをドラマチックに描いている。
 命令でクレインを見張っていたクローンフリュネは、クレインと行動を共にし、彼の中で特別なクローンフリュネとなった。  いくらでもいる中のひとつではなく、唯一の存在。自分がいくらでも作られ、同じものがたくさんある中のひとつと自分を認識していた彼女は、自分に意味を見いだせなかったのだろう。しかし、クレインという他人と触れ合い共有する部分が出来て、たくさんあるなかのひとつではなくひとつの存在として成り立った。そういう意識が彼女を変え、またただ鍵であることがいやで逃げ出した本物のフリュネをも変える。
 鍵だとかクローンだとか、同じものがたくさんあるとかの見える部分が大事なのではなく、誰かと少しでも何かを共有し積み重なった部分があるならば、それはその人にとってもう特別な存在なのであるということを、地下施設からの脱出というイベントの中に盛り込んであり、物語が核心に近づきつつある盛り上がりと共に、そういうことを上手く見せていると思う。
 特にはクレインを助けてくれたクローンフリュネが逃げるクレインたちに道を指し示し、一緒に行こうと言うクレインに、彼が傷に撒いてくれたハンカチを胸に当てるシーンが印象的で、たくさんの中のひとつではなく「特別」な存在にしてくれた、私にはそれだけで十分だと言っているように見え、そうしてくれたクレインが助かるならそれでいいとする彼女が物悲しいが、クレインのした特に何か特別なことをしたわけでもない普通のことが何かを変える一因になった。
 特別なことがなくても特別になる。自分で感じ体験する。それを誰かと分かち合う。日々の色々なことのひとつひとつが特別になるという事を語っている、ような気がします。

 さて、ちょと気になったことなんですが、前回撃たれて重傷を負ったクレインですが、特に生死を彷徨うこともなく劇中の進んだ医療であっさりと直ってしまっていたましたが、今回の引きとしても、地下施設の大爆発で引っぱりましたけど、たぶん次回の冒頭であっさりクレイン達が生還しているんでしょうね(笑)。
 いやまぁそういう引きは別にいーんだけど、その後があっさり過ぎて拍子抜けしちゃうよ。なんかガンダム00の2ndシーズンもそんなんようけあったなぁなどと思い出してしまいましたよ。


EPISODE09 追いつめられて

なんか展開早いな。

 そんな今回のお話は…
 地下施設からなんとか生還したクレインとフリュネはグラニッツのメンバーと合流する。
 フリュネとネッサの秘密……そして「鍵」の秘密をを知るクレイン。フリュネもネッサも自分にとって大切な人だとクレインは二人を守る決意を固める。
 そんな中ロスミレ派の村が僧院により次々に攻撃されグラニッツの村も襲撃されてしまう。ロスミレ派はこれを機に僧院に総攻撃をかける事に。
 スンダはフリュネとネッサを守るようにとクレインに言うが……。
 以上公式のあらすじ。

 前科の予想通り、爆発からあっさり帰還したことから始まり、冒頭に書いたように展開としてはあれよあれよとロスミレ一派が僧院に総攻撃を仕掛ける所まで来た。
 クレインとフリュネ、ネッサはグラニッツの村に戻るが、フリュネは祭司長とバローを説得できる可能性があるとしたら「鍵」の半分である自分だとし、夜一人で出て行ってしまう。そんな彼女をクレイン・ネッサが追っかける所で今回は引っぱった。
 基本的にはロスミレとクレイン達を取り巻く状況が刻一刻と変わっていく様子を割と急いでみせながら、クレイン達三人や決戦に臨むグラニッツ一家などの交流を見せ、最初フラクタルが当たり前と思っていたクレインが、これまで自ら体感しフラクタルの庇護の元では出来なかったことや、人との触れ合いを通し変わっていた彼の心の有り様やそれに弾かれるフリュネなどを見せている。
 印象的なのはグラニッツが決戦に赴く中、クレインたちが穏やかな時間を過ごしながらも夜にフリュネが出て行ってしまう一連の流れで、朝にクレインはなんにも変わってないなどと怒っていたけれど、第1話とは随分と違っていて、ただ「鍵」であることが嫌で逃げていた時の彼女とは違い、今度は祭司長やバローと立ち向かう為に出て行ったのだ。そして自分の想いを手紙にしたため、これまであった色々を経て彼女の中で何かが変化した様子が読み取れる。
 またクレインも上記したように、フラクタルを当たり前に利用し庇護を受けて生きていた彼が、フリュネやネッサ、グラニッツ一家に出会い、触れ合い、体験体感し、人が人らしく生きることと僧院のやり方は違うと感じ、手と手を取り合って感じ合えることの素晴らしさに気付く。
 フラクタルから見放され難民となる人達もこれまでに紹介されたが、グラニッツ一家と行動を友に下クレインも、フラクタルの管理の元を離れたことは同じで、それでも彼はそれに不自由する事無く、逆に新しく何かを感じ取り、もうフラクタル無しでは人は生きていけないとされる中での希望となっている。他の人々も彼のようになることも出来るはずなのだ。

 その崩壊しつつあるフラクタルや鍵についてはだいぶ分かってきたこともあり、鍵とは僧院が神と崇める一人の少女の精神がネッサで肉体がフリュネだと言う。そのふたつが融合するとひとつの鍵となりシステムの再起動が出来るわけですが、結果としてフラクタルが完全に機能を取り戻すことは分かるけれども、フリュネやネッサがどうなるとかは分からないな。
 バローは要はその神となった少女のクローンの生成法を発見し、多くのフリュネ達を作り出したのですが、今ひとつの訴訟女とフラクタルの関連性もよく分からなくて、なんで僧院はその少女を神と崇め、フラクタルの礎としたんだろうなぁ。劇中の説明からフラクタルは内包する全ての人の願い、欲望をかなえることとあって、案外フラクタルはその神となった少女の希望を叶えるためだけに作られたのかもしれないなぁ。
 ネッサの好きが好きで嫌いが嫌いというのは、人々が争う事無く平穏無事に暮らせる、そういったことを神となった少女の想いなのかもしれない。

 しかし、フラクタルが完全に崩壊しなくなったとして、とするとネッサはいなくなっちゃうよなぁ。しかしネッサはフラクタルの圏外でもちゃんと見えていたりするのでその辺はなんともですが、今回、皆で写真を撮った際、ファインダーからのぞくネッサの姿は映っていなかったけど、オチとしては案外最後にいなくなってしまったネッサであったが、何故か写真には写っていて、皆がその存在をちゃんと認識するみたいな感じだったりしてな。まぁ私の予想は大概当たりませんが(苦笑)。

 なんにせよ、物語はもうクライマックスで、最後にどう締めるのかが楽しみ。ではあるんだけど、なんかここへ来て随分と展開が早く、ポンポンと進んでいってしまうのが気になるところ。消化不良で終わらないことを祈るばかりです。


EPISODE10 僧院へ

うーん。分かりにくいなぁ。

 そんな今回のお話は…
 ついにロスミレ派と僧院の全面戦争が始まってしまった。
 僧院を急襲するロスミレ艦隊、応戦する僧院、そのさなかに、飛行船に乗ったクレインとネッサがやってきて、グラニッツと合流する事に……!?
 以上公式のあらすじ。

 お話としては僧院に乗り込んでさぁどうなる?といったところ。一応メイン所としては祭司長の真意と言った所なんだろうか。
 と、なんかはっきりしない物言いなのは、見ていてよく分からなかった所為で、なんかすごく見ていて蚊帳の外感を感じてしまった。まぁ実際にこんなことに自分が巻き込まれたとして、第三者としてはそんなもんなんだろうが、でも物語としてはいただけないよなぁ。 
 どうも分かっていることを前提に話が進んで行っていて、ここに至っても今ひとつ薄ぼんやりとしか分かって来ないのはどうか。まぁ分かりやすーく説明しまくるのもなんだが、分かりにくいのも困ったもんである。この物語はちゃんと上手く締めれるのかしらねぇ。

 ともあれお話としては、独断専行したフリュネとクレイン達をザッピング的に見せていき、それぞれに起こる様々なことを経てやっと合流するが……といった所で引っぱった。
 そういう画面展開的な所はおもしろかったのだけど、お話としては上記したように傍観者的蚊帳の外な感じがあって、すごいクライマックスであるものの、どうもそんな感じがしないのであった。
 全ロスミレと僧院が全面戦争状態になってはいるものの、画面を通してそれほど大きな争いになっているような感じがしないし、離れてしまっているフリュネとクレインという所での緊迫感も特にない。
 何がどうなっているのかの真相や各キャラクターの心情や目的がよく分からないので、入り込んで見ることが出来ないのだ。例えば誰かに共感するとか、コイツの思い通りにしてもらいたくないとか、なにかしら感情移入できる部分があれば良いのだけど、それより先にどうなっているんだろうという疑問が頭に浮かんでしまって、そういう入り込んで見ることよりも、真相の方が気になってしまうのも傍観者的立ち位置で見ている感じの一因なのかもしれない。

 それとちょっと気になった所として、クレインは普通の人という立ち位置なので良いのだけど、他のキャラクターはどうしてそう思うのだろうと私は疑問に思ってしまう。今ひとつそのキャラクターの思考がよく分からないのだ。
 今回で言えば、祭司長とフリュネの論戦。愛されるフリュネを愛されなかった祭司長は憎んでいる、それはフリュネだけでなくその世界そのものを憎んでいて、フラクタルというシステムの中で、自分のように生まれてきた理由も生き甲斐も持たず、緩やかに人々が死んでいくことこそが自分の恨みを晴らすことだとしていたが、これ、私には全く理解できない。
 だったらむしろシステムを壊してしまえば良いと私なんかは思ってしまう。でも彼女はそうしない、のはなんか理由があるはずなんだけど、彼女の背景が語られないので上記のことに固執することに疑問を持ってしまう。本来ならばそれに至る経緯を見せるべきなんじゃないだろうか。
 それと、ロスミレ一派の荒バス他のリーダー、ディアスもなんだかよく分からない。まぁこの人はそこがポイントなような気がしますけど、何が目的なのかさっぱり分からないんだよなー。
 それ以外にも、全体的にもうちょっと語ってくれても良いだろうという部分が多いな。なんだろう、結局尺が足りなかったのであろうか?などと思ってしまうのであった。

 どうもこの物語は全11話のようで、次回が最終回のようだが、ちゃんとスッキリ終わってくれるのかしらね?心配になってきた。


EPISODE11 楽園

思っていたよりは上手く締めた。

 そんな今回のお話は…
 フラクタル・システムを巡った激しい攻防。
 システムの再起動を強行するモーラン、阻止しようとするディアス、混乱の渦に巻き込まれたクレインは、ある重大な選択を託される……。
 以上公式のあらすじ。

 お話としては「鍵」と「神」の秘密を説明して、フリュネとネッサはフラクタルの再起動を選択して……と言った感じ。うーん。何がどうなったかをいちいち説明すると感想でなく、あらすじ書くことになっちゃうから難しいところ。
 ともあれ、物語全体の流れとしては、フラクタルによって歪んだ世界は無くなってしまった方がいいと思っていたフリュネであったが、ネッサ、クレイン、グラニッツ一家と行動を共にし、そんな歪んだ世界でも大切な人達を守りたいと、鍵となってネッサと融合しフラクタルと再起動する。僧院は崩壊し、もう今後フラクタルを再起動することは出来なくなり、世界は緩やかにその歪みを元に戻していくことだろう。そしてフリュネ、ネッサ、クレインは……。といった感じで終わった。
 気にしていた「鍵」と「神」は説明してくれてはいるものの、なんでオリジナルのフリュネが当時神に選ばれたのかがよく分からないのは残念であったが、ネッサとフリュネの関係がどういったものなのか、そこを説明してくれていたのは良かった。まぁ分かりにくく解釈の仕方で意見が割れそうですが。
 神云々は別として、フラクタルの再起動にはオリジナルフリュネがそこにいる、ということが条件だったのだろう。つまり何者かに犯され、幸せだった頃の10歳まで精神が退行してしまった16歳の少女フリュネが必要だった。
 最終的に融合したネッサとフリュネはオリジナルのフリュネとなり、クレインが好きだったフリュネではなくなってしまった。と思われたが、そこにいるのはここへ至るまでの経験を経て、ふたりでひとりとなり生まれ変わりつつもそれまでを残したフリュネであった。
 それは僧院が崩壊しフラクタルの再起動がなって、少し変わった世界と同じようなものなのかもしれない。

 最後なので全体的な感想としては、EPISODEの数字を見ても分かるように、せめてもう1話分の尺があってもいいような感じはする。個人的には2クール分あってくれた方が各キャラの心境の変化を細かく描いていけたんじゃないかなとも思うが、こればっかりはまぁどうしようもないわな。
 しかしそういった尺の中で、フラクタルに浸かり切った世界やそこで生きる人々、フラクタルに頼らない生活をするグラニッツ一家との出会いから、自ら体感し心境の変化が現れるクレインやフリュネなどをちゃんと描いている。
 変わっていく心境や生活を見せる一方で、物語としてはフラクタルの再起動をめぐる大きな流れも進行していて物語として上手く出来ている。まぁいきなり進んでしまったような所もありましたが(笑)。
 物語としてどういったことを言いたかったのかはちょっとぼんやりはしているんだけど、人間が人間らしく生きるとは、いいこともあれば悪いこともある。でもその混沌こそが人であり、裏切ることもあればより信頼を結びつけるし、腹の立つこともあれば一緒に笑い合えたりもする。いいことも悪いことも全部ひっくるめて、それでも人は人を愛すんだ。そんな人が生きる世界も同様だろう。という事を言いたかったんじゃないですかね。こんな世界でも捨てたもんじゃないと。
 そんなわけで、思いのほか結構楽しく見させてもらいました。上記したようにもうちょっと尺があれば、もっと少しずつ変わっていく心境や、その世界で生きる人々の色々な面などを丁寧に描けただろうと思うと残念ではある。
 ともあれ、特にこれといった見所があるわけでもないのだが、それでも毎週楽しみに見ていましたよ。後半はちょっとドドッと進んでしまい説明不足な感じもしますが、物語としては、最初、フラクタルによってなに不自由なく生活していたクレインが、フリュネ、ネッサと出会い自ら体験体感することで変わっていく心境を追いつつ、次第に世界の鍵をめぐる秘密と争いへと変わっていく話の流れを十分に楽しみました。興味があるなら見てみてもいーんじゃないですかねー。

 すごく個人的なことですが、フリュネはかなり好みの女の子でした。偏屈で世間擦れしていながら、どこか凛とした所を持ちつつも悩みを抱えていたりとなんとも愛らしい。
 ネッサの破天荒なのも良かったんですが、フリュネの方が脱ぎ癖があったりと意外な面が多く見ていておもしろかった。それ故、オリジナルフリュネはなんかすごい違和感があってもにょもにょしてしまう。
 物語がここに至り、あのフリュネがあのフリュネとして完全にいなくなってしまったのかと思うとけっこう寂しい感じではあるなぁ。


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