時刻よし!19セイコー

機構のメモ       時刻よし!」19セイコー

 

91 時計の半導体

 

現在の日本、世界は半導体不足に喘いでおり、生産がストップしているところもある。時計産業における半導体はどうなっているのだろうか。

 

20211223日に興味深いニュースが流れた。セイコーHD傘下の半導体メーカーであるセイコーNPCが、前工程生産ラインを20229月に停止させ、外部ファウンドリに委託する方向にあるという。もちろん、SEIKOは総合的に判断した結果と言うだろうが、日本半導体産業の縮小を感じさせるものとなっている。

 

 

90 電子化がすすむとブラックボックス化する

 

時計の心臓部が電子化すると、その部分の動きは目に見えない。部品はもちろん見える。しかし、機械というものは動いているところを見るのが面白い。時計も例外でなく、リズミカルに、生きているかのように動く姿が喜ばれる。

 

そういった意味で、機械式時計が見直されているのはもっともなことなのかもしれない。そして、その中心は、脱進機やテンプだ。それは時計職人が最も「精度」を追求してきたところであるし、工夫を重ねてきたところであるからだ。何もないところから時刻を刻む仕組みを考えだしてきた、この知恵の塊について少しでも理解すると、実に楽しいところでもある。

 

 

89 音叉時計

 

 電磁テンプ式の次に出てきた電池で動く時計が、音叉時計だ。開発したのはマックス・ヘッツェルというブローバ社の技師。1960年に「アキュトロン」が登場した。これは精密Accuracyと電子Electornの合成語。小さな音叉に電圧をかけ、1分間に360振動させて時間を刻む方式。よって、電磁テンプ式よりも正確で、その精度は、日差±2秒だから、月差でもだいたい1分だった。

 

この時計の独特な「キイーン」という電子音、なめらかな運針、クォーツが登場するまでの短い一時代にしかないというレア性、そして、NASAが宇宙飛行に使用した実績、などからコアなマニアがいるとか。音叉時計を手がけたメーカーは、他にテクノス、IWC、オメガ。シチズンもハイソニックという腕時計を1971年に出している。

 

 

88 電磁(電子)テンプ式時計

 

 電池で動く時計と言えば今ではクォーツが代表だが、その直前に「電磁テンプ式」なるものがあった。開発したのはハミルトンで、Cal.500がその最初期型。機械式では動力がゼンマイだが、これを電池に置き換え磁力としたものだ。これをセイコーはエレクトロニックやエルニクス、シチズンはコスモトロンというブランドで製品化された。

 

 ブランド名からも感じるが、特にエレクトロニックのマークは、いかにも電気で動くことを強調しており、新しい時代の時計として打ち出したことがわかる。ただ、テンプの仕組みは機械式と全く同じわけではないが、6振動〜12振動だったので精度は機械式と大きく変わるわけではなかった。

 

 

87 無水銀化の動き

 

 1980年代に入ると乾電池による水銀汚染が大きな社会問題となった。1983(昭和58年)年には、厚生省と通商産業省から、電池業界に対して、乾電池の水銀の総使用量の削減と使用済水銀電池の自主回収の強化を要請する通達が出された。

 

これを受けて電池業界では、マンガン電池(1991年)とアルカリ乾電池(1992年)の水銀ゼロ化、水銀電池の生産・販売中止(1995年)がすすめられた。そして、2005年、ソニーが世界で初めて無水銀酸化銀電池を開発する。

 

 

86 なぜ水銀を使ったのか

 

 水銀が有害であることは当時から知られていたのに、なぜ使ったのだろうか。それは、水銀が「水素過電圧」の値が金属の中で最も大きく、水素ガスを発生しにくくするという特性があるからだ。水素ガスが発生すると、電池が膨張し、破裂や液漏れの原因となる。

 

水素過電圧とは、水素イオン(H)が金属の表面で放電して水素ガス(H)になる電位までの電位差のことだ。この水素過電圧の値が小さいということは、小さな電圧でも水素ガスが発生するということであり、逆に、水素過電圧が大きいということは、水素ガスの発生に大きな電圧が必要ということを示している。

 

酸化銀電池の負極である亜鉛は、本来、酸化亜鉛を生成するだけであるし、亜鉛も水素過電圧が大きく水素ガスが発生しにくいはずなのだが、それでも時に電解液によって亜鉛が腐食して水素ガスが発生した。そのため、亜鉛の腐食を抑えるために微量の水銀でコーティングしたのだ。

 

 

85 酸化銀電池とは

 

 1960年に、アメリカのエバレディー社(現エナジャイザー社)によって考案され、ボタン型電池として商品化された。正極に酸化銀、負極にゲル状亜鉛、電解液にアルカリ液(水酸化カリウムか水酸化ナトリウム)を使っている。

 

 後に登場するアルカリ・ボタン電池の2倍の容量で、経年劣化が極めて少なく、寿命末期まで電圧の低下が少ないのが特徴。そのため、長期間駆動する機器への信頼性が高く、時計や計器などに向いている。

 

 短所は酸化銀を使用しているため高価になることと、亜鉛が電解液と反応して水素を発生するのを防ぐため、亜鉛の表面を微量ではあるが水銀で覆う処理を施したことにより、廃棄の際などに有害だったことだ。

 

 

84 ボタン電池はデリケート

 

 クォーツ時計にとって電池はメンテナンス上大変大切だ。しかし、ボタン電池はあまりにも種類が多く、最適なものを選ぶことはなかなか難しい。なぜなら、電池の電圧が合っていなければ、ムーブメントを破壊したり、稼働しなかったりするし、大きかったり厚かったりすれば収まらず、小さかったり薄かったりすれば極にしっかり接しないということが起きるからだ。

 

 大きさや厚さは規格がはっきりしているので比較的わかりやすい。しかし、電圧については規格が合っていても、電流の流れ方が少々異なるという指摘がある。その流れ方によって適している機器がちがうというのだ。わかりやすく言えば、デリケートに、しかも一定に流れる電池は腕時計に向いているとか、そうでない電池はおもちゃに適しているとか、ということになるようだ。

 

 

83 スプリングドライブ

 

1999年(平成11年)12月、セイコーから2種とクレドールから1種のスプリングドライブを発売(7R68)。ゼンマイでローターを回転さ発電。その電気でクォーツを制御するのが画期的。興味深いのは、針を動かすのはステップモーターではなく、ぜんまいの力で行うということ。しかも、電池もない。

 

精度は月差±15秒内というからクォーツ時計と変わらない上、スイープ運針という優れもの。2008年に発売された5R86スペースウォークは国際宇宙ステーションでの使用を目的に開発されたとか。電池がないので破損の恐れがなく、急激な温度変化や放射線にも耐えるのだそうだ。

 

 

82 熱発電方式

 

 1998年(平成10年)、セイコーインスツルが発売した「サーミックTHERMIC」は、腕から出る熱を電気に変換する方式である熱発電方式を採用していた。ケースの裏側から伝わる体温と外気温の温度差を利用して発電する熱電素子が可能にした。いわゆるゼーベック効果を利用した発電だ。電流は二次電池に蓄え時計を稼働する。フル充電で10か月の稼働が可能で、時計を外すと秒針がストップするパワーセーブ機構を備えていた。

 

 ゼーベック効果はエストニアの物理学者トーマス・ゼーベック(ドイツ人としているものもある)が発見したもので、1821年のことだった。当初は2つの異なる金属をつないで両方の接点に温度差をつけると電圧が発生し、電流が流れるというものだった。腕時計でこの方式を初めて採用したのはセイコーインスツルメントとするwebを見るが、アメリカのブローバが1982年に熱発電方式を採用したサーモトロンを発売している。このことは、セイコーミュージアムにも紹介されている。

 

 

81 キネティック

 

ギリシア語で「動力・動く」を意味する。1988年に、セイコーが商品化した。腕の動きで内蔵された発電機を回して発電し、発電した電気をキネティックE.S.Uというコンデンサ(蓄電池 KINETIC ELECTRICITY STORAGE UNIT)に.蓄えて時計を動かす。

 

電池不要とするクォーツ式時計のことで、自動巻発電クォーツ「オートクォーツ」とでも言えばわかりやすいだろうか。後に「キネティック」名づけた。腕から外すと自動的に節電モードに入るパワーセーブ機能をもつものがあり、動きが加わると針が動き出す。「オートリレー」機能という。

 

 

80 ムガル帝国の貴石

 

 インドの貴石を象徴するものが、「孔雀の王座」だ。第5代君主シャー・ジャハーン(1592-1666)のために製作され、謁見の間に置かれていた。

 

フランスの著名な宝石商人のタヴェルニエが残した記録によると、20から25インチの高さの4本の黄金の足があり、天蓋の12の支柱には見事な真珠が列をなしている。天蓋を支える横木はルビーとエメラルドを交互にちりばめられ、ダイヤモンドと真珠で飾られている。玉座には全部で108の大きなルビーと116のエメラルドがある。とか。

 

 

79 ルビーについて改めて調べてみる

 

 ルビーは古くから世界中で知名度が高く、特に産地の古代インドではルビーを粉にして恐怖心をなくして快感を得る秘薬ともしていたという。その色味が血や炎など生命を象徴するものとして信じられてきたからだ。

 

 インドの貴族たちは、神々を敬い魔除けの力を発揮するものとして最高品質の宝石を身に着けていた。それは古代インドの性愛論書カーマスートラや古代インドの医学書アーユルヴェーダにもその効能が説かれていることと無縁ではない。そして、品質の劣るルビーなどだけが商取引されていたという。

 

 

78 貴石軸受

 

6465でも紹介したが、時計の貴石軸受について最初に特許を認めたのは英国で1704年だ。このころの貴石と言えばルビー(あるいはスピネル。区別されるようになったのは1783年以降)だった。

 

ルビーは、ヨーロッパでも古くから知られていた。ローマ神話では、軍神マルスの加護を受けられるという効力を信じ、兵士たちが身に着けたと言われている。そういったところから、血や炎、情熱を象徴し、勇気と威厳を与えてくれる石とされてきたのだ。しかし、ルビーなどの貴石はヨーロッパでは産出していない。遠く古代ペルシャやインドなどアジアから渡ってくるもので、神秘性が強調されていた。

 

18世紀初頭はムガール帝国の勢力に翳りが出てきたころで、イギリスから東インド会社への投資熱はかなり高くなっていた。イギリスのルビーの採掘・輸入が盛んになったのは19世紀からと言われるが、当時もそれなりの量がイギリスに入ってきていたからこそ、軸受にしようと考えたのだろう。

 

 

77 Karl Hugo Strunz(カール・ヒューゴ・シュツルンツ)

 

 ドイツの鉱物学者(19102006)。ミュンヘン大学で自然科学を学び、イギリスのビクトリア大学、スイスで研究し、その後、フリードリヒ・ヴィルヘルム大学(現フンボルト大学)の鉱物博物館の学芸員となって、ダナのカテゴリーを再構成し、化学組成と結晶構造の両方に基づいて細分化した鉱物の分類(Strunz System)を開発した。

 

その分類を1941年に「MineralogischeTabellen(鉱物学の表)」にて発表する。1966年にはStrunz Systemに大幅な改定が行われ、2001年にアーネスト・ヘンリー・ニッケル(Ernest Henry Nickel)とともに第9Nickel-Strunz分類を発表した。現在はネット(httjp://webmineral.com/)に第1010カテゴリー(未出版)が提供されている。また、彼自身も14の新鉱物を発見した功績が評価され、国際鉱物学会の会長を務めている。

 

 

76  J.D.DANA(ジェームズ・ドワイト・ダナ)

 

 アメリカの地質学者・鉱物学者(18131895)。海軍兵学校で数学を教え、後にアメリカ探検遠征隊に参加し、太平洋の鉱物や地質を研究し、『アメリカン・ジャーナル・オブ・サイエンス』に原稿を寄せている。

 

エール大学では自然史・地質学の教授となり、その間に、『鉱物学体系System of Mineralogy』を初版から第5版まで刊行する。この鉱物学体系は、息子のエドワードに引き継がれ、75で示した第6版が1892年に刊行されている。ダナは、カリフォルニアのゴールドラッシュに関り、ハワイの火山活動についての調査を主導したことでも知られる。

 

 

75 スミソニアン博物館の鉱物の分類

 

 今日の鉱物の分類は、大きく分けて2つあるそうだ。1つは、J.D.DANAの『System of Mineralogy』(1892)とH.STRUNZの『Mineralogische Tabelen』(1941)だ。この2つは鉱物種の配列順がやや異なるだけで基本的には大きな差はないと言われる。しかし、困ったことに、スミソニアン博物館の鉱物展示が、HPによってどちらの分類を採用しているのか異なる見解を示していることだ。

 

 HPGIA』によると、DANAの分類に従って配置されていると紹介している。ところが、『地質ニュース 431号』の「鉱物展示の多様性―欧米の博物館の鉱物展示―」(豊遙秋 1990)によると、STRUNZの分類に従っていると紹介しているのだ。さて、どちらなのか。

 

 

74 ジェームズ・スミスソン

 

鉱物学と化学のイギリス王立フェローということは知らなくても、アメリカのスミソニアン博物館は誰でも聞いたことがあるはず。このスミソニアン博物館はスミソニアン協会が運営している。この協会が設立されることになった資金を寄付したのがこのスミスソンだった。スミスソンの名前は、スミソナイト(菱亜鉛鉱りょうあえんこう)という鉱物の名前としても残っている。それまで区別されていなかった異極鉱とは異なる鉱物であることを分析、結論づけた功績という。

 

 イギリス人の彼が、なぜ行ったこともないアメリカ(政府)に全遺産を寄付をしたのかは謎のようだが、「甥のヘンリー・ジェームズ・ハンガーフォードに、次のような条件をつけて遺贈した。ハンガーフォードが子供を残さずに死亡した場合、あるいは、子供が遺言を残さずに、または21歳に達する前に死亡した場合、相続した遺産は、ワシントンDCに、スミソニアン・インスティチューションを設立するため、アメリカにそっくり寄贈すること。」というエピソードが、オフィスシオン社のHPに紹介されている。ハンガ―フォードは子どもを残さず、1835年に亡くなったとか。

 

 

73 チャールズ・フランシス・グレヴィル

 

ルビーとサファイヤが属する鉱物のグループ名称は、周知のとおりコランダムだが、この名付け親は、イギリスのチャールズ・フランシス・グレヴィル(1798年)だ。コランダムは、サンスクリット語の「クルビンダ kuruvinda」を元にしており、これはインド人のルビーの呼称(タミール語・ヒンディー語)だった。コランダムとは、宇宙創成時に最初に生まれた鉱物の1つという。

 

 グレヴィルは貴族院議員であり、ウォリック伯爵。1768年には自然知識の向上に大きく貢献したとして、ロンドン王立学会のフェローシップを授与されている。骨董品のコレクターでも有名。彼の関心は鉱物と貴石であり、彼の鉱物標本はカタログ化されて大英博物館が購入している。当時の著名な鉱物学者だったジェームズ・スミスソンと親しくしていた。

 

 

72 ロメ・ド・リール

 

 ルビーとサファイヤは元々別の宝石ととらえられていた。それを同じ成分のであると発見し発表したのは、フランス人のロメ・ド・リールである。1783年のことになる。65でも取り上げた通り、ルビーとレッド・スピネルを区別した人でもある。正しくは、ジャン・バティスト・ロメ・ド・リールという。

 

 デンマークのニコラウス・ステノが、1669年に水晶の結晶の成長において六角形の形状が維持されることを発見したことをもとに、結晶の面格は同種のものであれば常に一定であるという「面角一定の法則」を提唱した。ドミニコ・グリエルミニはそれを引き継ぎ、結晶を六角柱・立方体・菱面体・八面体に分類。同じころロメ・ド・リールが鉱物の分類に結晶の形状を使用することを考えつき、1783年に『結晶学のエッセイ』を発刊。テラコッタ・クリスタルという結晶モデルを作成した。後、リールはカランジョーに、もっと容易に面角度を測定できる機器の製作を依頼したところ、動くエッジをもつ分度器「測角器」を開発。リールはこの機器を用いてより精密な面角一定の法則を定式化することに成功することになる。これをもってリールを結晶学の父と呼ぶことがあるそうだ。

 

 

71 サファイヤ・ガラス

 

 人工サファイヤの原料であるアルミナ(A2O3)を巨大な結晶に成長させたもの。よって組成的には人工サファイヤと同じ。一般のガラスと比べ、丈夫で硬度が高い。そして、傷がつきにくいので、腕時計の風防に使われることが多い。耐熱性にも優れ、2000℃まで耐える。また、透明性も高く、反射率も高いので、宝石としても使えるし、実験器具にも適している。下の70にある透明なサファイヤのことであり、サファイヤ・クリスタルとも呼ばれる。

 

 ただし、損傷することが全くないかというと、そうでもない。落下など強い衝撃があると欠けることがあるようだ。この場合、研磨することができないので、交換しなければならない。

 

 

70 サファイヤには文字通り色々ある

 

 サファイヤは透明なものがあり、カラーレスサファイヤと呼ばれている。その透明なサファイヤに、不純物が混じると様々な発色をする。白色・橙色・桃色・赤色・黄色・緑色・紫色・水色・青色・茶色・黒色などが存在する。実際は、カタカナで、ホワイト・オレンジ・ピンク・レッド・イエロー・グリーン・バイオレット・パープル・アクアマリン・ブルー・ブラウン・ベージュ・ブラックなどとなる。

 

 赤がルビー。青が、いわゆるサファイヤと呼ばれるのは周知のことである。ただし、黒については、透明な黒だけでなく、不透明な黒色のサファイヤもある。これは、エメリー emery、あるいは、金剛砂と呼ばれ、主に工業用で研磨材として使われている。これはコランダムに磁鉄鉱や赤鉄鉱、尖晶石が混じったものということだ。

 

 

69 ピンクサファイヤ

 

ルビーはだめで、ピンクサファイヤはOKとは、いったいどういうことだろうか。鉱物的にはルビーもサファイヤも同じコランダムだ。違いは色のみ。赤いものをルビー、赤よりも淡い赤、ピンク色をピンクサファイヤという。

 

この違いを象徴している用語がある。「ルビー落ち」だ。鮮やかな赤色のみがルビーと価値づけられ、最も高価。それ以外は価値も、価格も落ちるため、この言葉があるとか。つまり、当時は赤いルビーは贅沢品で、ピンクはそうでもない、ということだろう。

 

 

68 7.7禁令

 

 1940年(昭和15年)に、当時の商工省が公布・施行した省令。HP『ライフヒストリー良知』に詳しく紹介されているので、それを引用しておきたい。

 

〈奢侈品等製造販売禁止制限規則〉が76日に公布、翌7日から施行された。値段に関係なく製造・販売が禁止となるものは指輪、首飾り、ダイヤ・ルビーなどの宝石類、銀製品、象牙製品、衣類の染絵羽模様のうちかけ地、羽織地、夜具地、じゅばん地など。また、一定の値段以上の販売を禁止すものは、白生地ちりめん、背広三つ揃い、ワイシャツ、ハンカチ、時計、洋傘、下駄、靴、たんす、カメラ、玩具、万年筆など。

 

ということは、66とこの上の引用から、7.7禁令以後は、ルビーではなく、「ピンクサファイヤ」を「専ら」製造していたことになる。この専らがどの程度のことかは不明だが、19セイコーやその他の時計類のなかにはこのピンクサファイヤを使用した個体があるのだろうか。興味は尽きない。

 

 

67 日本窒素肥料会社

 

1908年(明治41年)、曾木電気株式会社と日本カーバイド商会が合併して日本窒素肥料株式会社となる。戦前の、いわゆる日窒コンツェルンの中心企業であり、総合化学会社だった。事業の中心は、水俣と朝鮮の興南地区だったようだ。現在の旭化成、積水ハウス、信越化学工業等の母体だった。

 

HPcinnamon cinn com』によると、「宝石工場ではアルミナを酸素水素焔で溶融して、軸受けなどに使われるルビー、サファイアの原石をつくった。」とある。これは、いわゆるベルヌーイ法のことだ。当時、日本に入ってきていた人工ルビーはドイツ製が多かったとか(HPZORROBOSS』)。

 

 

66 日本の人工宝石工業

 

 信頼できる情報が入手できた。以下のものがそれである。

 

 <日本では、昭和9年頃日本窒素肥料会社が独逸から技師を招聘して朝鮮の興南に宝石工場を建設した。

ここで装身具と計器の軸受石を中心とするホワイトサファイヤやルビーの製造を行っていたが昭和14年の所

7.7禁令以後は専ら工業用のピンク・サファイヤを製造して内地の研磨加工工場へ供給していた。

                                  『地上の星―宝石の話』(株)信光社 広瀬三夫>

                                              

 ここには様々な貴重な情報が載っている。以後、少しずつ調べてみたい。

 

 

65 スピネルという石

 

 貴石と言えば、ルビー、サファイヤ、ダイヤモンドといったところであろうが、かつてはスピネルSpinelMgo,Al2O3)も用いられたことがあるとのこと。

 

この石も人工でつくることができ、1000℃近くで熱処理すると硬度がルビーの8割くらいの高さを得ることが可能だからという。よって、育成したら加工をして、それから熱処理を行えば精密加工が容易という利点もある。しかも、色も美しく調整でき、値段も安いという。ちなみに、イギリスをはじめとするヨーロッパの王室の王冠は、このスピネルが宝石として使用されている。なぜなら、1783年にフランスのロメ・ド・リールが証明するまで、ルビーとして扱われていたのだ。

 

 

64 石が使われる前は?

 

 機械式時計に貴石(宝石)や人工宝石が使われるのは、現在では重要な機構となっている。しかし、はじめからそうだったわけではなく、特許が記録されている。1704年のイギリスでのこと。デボーフレ兄弟(Debaufre)とN.ファーチス(Facis)が考案した貴石軸受け(gem stone bearing)がそれだ。理由は、軸と軸受けの摩擦トルクが小さくて済み、摩耗も少なかったのだ。

 

 では、この前は何が用いられていたのだろうか。実は、真鍮だった。いくら真鍮がすぐれた素材であったとしても、それは貴石には及ばない。他にもJ.S.ウイン.バーン(win burne)によると、当時、真鍮軸受に使われていた潤滑油がオリーブ油であり、すぐに腐敗し、緑青が浮いたという指摘がある(1950年)。『時計に用いられる貴石』(谷口紀男)

 

 

63 文字盤が黒い理由

 

 軍用時計、特にパイロットウォッチ(飛行時計)のなかには、文字盤が黒く数字と針が白いものがある。ネットで検索してみると、文字盤の黒い理由として次のようなものをよく見る。@白い文字盤だと太陽に反射して自分の位置を知らせてしまう。A見やすい。B塗装がしやすく製造コストを抑えられる。C暗いところでも時刻を確認できるようにするため。

 

 @〜Bをまったくのでたらめというつもりはないが、副次的な理由である。主な理由は、夜間の作戦も可能にすることからCだ。しかし、それでも、なぜ、文字盤は黒くなければならないのだろうか。

 

 それは、1960年代まで文字盤の数字に塗る夜光塗料にはラジウムが使われており、その色が白熱光(白色)だったからだ。明るいところでは文字盤が白いと数字と針も白では数字が目立たない。暗いところでも文字盤が白いと数字と針が際立たない。そこで、文字盤が黒色になったという経緯があるのだ。

 

 

62 ハミルトンは軍用時計としても有名

 

このHPをご覧になっている方には常識ではあるが、鉄道時計として有名なハミルトンは、現在、軍用時計のメーカーとして有名。特に「カーキ」シリーズは、陸・海・空軍それぞれのモデルを用意している。ハミルトンの時計がハリウッド映画でもたびたび登場していることも興味深い。今はスウォッチグループの傘下に入っている。

 

ハミルトンは、鉄道時計で実績を挙げる中、第一次世界大戦時から、海軍のマリンクロノメーターや、空軍のパイロット時計も製造を開始している。そして、第二次世界大戦では軍用時計のみを生産していたことが知られ、100万個以上もの軍用時計を戦地に送り込んだと言われている。

 

 

61 軍用もファッション

 

軍用時計が使われる、いわゆる「戦場」は実にさまざまなシーンがある。そのため、軍用時計に共通していることは、過酷な条件に対応する機能、例えば、防水、耐水圧、耐衝撃、耐磁性、視認性、蓄光機能、耐高温、耐低温、耐温度変化、などが装備されているということである。

 

しかし、市販されている軍用時計は、一般人向けでもあるということを忘れてはならない。そして、趣味や仕事の世界のなかでも過酷な条件で使う時計は、やはりそれ専用の時計が愛されることも、また真理だ。ということは、軍用時計と言えど愛される理由は、エンブレムやブランド名、イメージなど、ファッション的な要素が少なからず影響していることになる。

 

 

60 軍用という特殊時計

 

 ゴリアテや鉄道時計と同じぐらいの時代に頭角を現してきた時計が、いわゆる「軍用時計(military watch)」である。HPSTUDIO BREITLING.com | 時計用語辞典』によると、「軍隊が正式に採用している時計」とある。しかし、定義者によってその定義には幅があるのが実情だ。なぜなら、腕時計と限定していたり、かつて採用されていた実績を誇っているものまで含んでいたりするからだ。

 

 実は一口に軍用と言っても、陸・海・空軍があり、海軍には砲術部隊が使う時計もあれば潜水部隊が使う時計もあり、当然であるが航海に使用する時計もあった。そして、砲術もかつては主砲・副砲・高角砲があり、現在はミサイルやレーダー等がある。当然のことながら、それぞれの目的ごとに使う時計が異なる。ところが、ネット検索でよく出てくる「軍用時計」というのは、それらのなかの一部で、兵士が個別に使用する時計のことを指しているようだ。

 

 

59 ジャンルとしてのゴリアテ

 

 ゴリアテの魅力は、何と言ってもその大きさだろう。文字盤は、ローマ数字とアラビア数字の両方がある。文字盤はポーセリンで、白字に黒の数字のものが多く、装飾を凝らしたものは少ない。それはケースにも同じことが言える。そんなところが、実用本位のいわゆる鉄道時計に通じるものがある。

 

テンワが大きいと精度が出やすいことから、その筐体の大きさは正確さを担保しているとも言える。各部品も大きいため、製造は容易だったろう。となると、比較的リーズナブルで精度が高いということになるので、業務用の時計として採用された可能性が高い。その大きさと重量であるので、持ち運びには少々不向きではあるが、文字盤が大きいため視認性がよく、現在でも机の上などに置いて普段使いすることが可能だ。蒐集家も一定数いて、盛んに売買されているようだ。

 

 

58 ゴリアテ

 

 1900年前後に、スイスで大きな懐中時計がつくられた。大きさは24型〜28型であり、直径が概ね6cm以上のものを言うらしい。しかし、明確な基準があるわけではないようだ。ただ、ゴリアテの懐中時計を紹介する「オーバーサイズ」という言葉が何かのヒントになっているかもしれない。たとえばポケットに入らない、とか。

 

他方、1892年にオメガによって登録された商標である、という紹介を海外の書き込みがある。たいていは8日巻きのゼンマイと機構を備えていたようだ。ドクサ、アトラスなどのブランドをよく見るが、無銘のものも多い。その大きさから旅行用、軍用、鉄道用などに使われたと推測されている。日本では、19セイコーが出るまで交換時計としてスイスの無銘のゴリアテが多く使われていた形跡がある。

 

 

57 K(カラット)

 

金の偽物を判定するのは大変やっかいな作業になる。製品を傷つけないようにとなるとさらに難しい。そこで重宝されるのが「刻印」だ。

 

アクサセリーや時計のケース等でよく見かけるのが、K、カラットKaratだ。日本やアメリカではK18、東南アジアなどでは18K、と表示されることが多い。K18はマエK、18KはアトKと呼ばれる。

 

アトKは純度にばらつきがあり、純度も低めなことが多い。そのため、品質の悪いものと見なされたり、買い取ってもらえなかったりすることがあるとか。

 

 

56 金無垢

 

 純金のこと。無垢とは、混じり物のないこと。24金。24Kとも表す。99.99%以上のものを言う。純粋な金は柔らかく、アクセサリーには向かないとされる。英語では、solid gold

 

懐中時計のなかには、この金無垢solid goldのケースのものがあり、高価で人気がある。ただし、この場合、24Kとは限らない。あまりに柔らかくてケースとして適さないため、14Kだったりするので確認が必要だ。

 

 

55 金メッキ

 

 よく似たものにGold Plated(略してGP)というものがある。Plateは板という意味になるので、日本語の語感からすると、こちらが金張りのような感じがしてしまうのだが、実際はこちらは金メッキとなる。金メッキは、電気メッキ法(電鍍)という方法を使う。一方で金や金合金を電流を使ってメッキ液に溶かして金属イオン化し、他方で電流で還元することでベースメタルの表面に薄い膜を形成する。最大でも20ミクロンと言われ、金張りに比べると薄い。

 

 しかし、見た目が金や金合金に似た風合いが生まれ高級感が出る。そして、薄くても金の性質は生きているので腐蝕や摩耗を防ぐ。また、ベースメタルが金属アレルギーを起こすものであれば、それを軽減する効果もある。

 

 

54 金張り

 

 アメリカ懐中時計の多くが金張りケースであることは周知の事実である。Gold Filled(略してGF)と表示される。直訳すると金で満たすとなるが、金の膜(板と表現しているものもある)を芯材になる金属に、高熱と圧力で圧着したものである。特に、芯材を含む総重量の1/205%)以上が金(14Kだったり、18Kだったりする)のものを指すらしい。

 

金張りの圧着方法は、硬ろうクラッド法という。芯材と金の膜の間に、より融点の低い金属の膜(硬ろう)を挟み込み、表面から圧力を加えて圧延して接合する技術のこと。接着剤は使わず、金属と金属が原子間結合される圧延接合となる。つまり、異種である金属間が境界面で合金化するのだ。この金の膜と融点の低い金属の膜を貼り合わせたものをクラッドというので、硬ろうクラッド法と表現している。

 

 

53 フリースプラング

 

 テンプの振動速度を微調整するのに緩急針を使わない方式がある。それを「フリースプラングFree Sprung」(自由振動方式)という。ひげゼンマイの長さを変えて調整する緩急針に対して、ひげゼンマイには触れず、テンプの慣性を利用した、ちらねじの調整により調整する機構のことを言う。

 

 近年では、高級時計メーカーがこのフリースプラングを採用する流れがある。その主な理由は、精密調整に向いているとか、衝撃によるひげゼンマイの変形が起こりにくいことから時計の機構全体にやさしい構造と言われる。デメリットとしては、調整幅が狭いことと、製造コストがかかること。

 

 

52 スワンネックはバネ

 

スワンネックについては、もう1点大切なことがある。それは、スワンネックはバネになっているということだ。調整をするネジの反対側を、このスワンネックのバネで押さえつけている。そのため、緩急針がずれてしまうことをより確実に防止することができる。これを可能にしたのが、白鳥の首(スワンネック)をイメージさせる形だったのだ。

 

しかも、このスワンネックの根元に取り付けられているネジは、極小サイズで、通常のドライバーでは大きすぎて回せない。一般に入手できる精密ドライバーでも、ネジが横向きに取り付けられているため、慣れた時計店に任せたいところ。

 

 

51 スワンネック緩急針

 

Kで緩急針については既に触れている。ここでは、アメリカ鉄道時計によく見る「スワンネック緩急針」について書いてみる。通常の緩急針でも、その性能上は問題ない。19セイコーはこの通常の緩急針だ。では、なぜアメリカ鉄道時計はスワンネックなのか。

 

通常の緩急針は、微調整をするには細心の注意が必要だ。しかも、不測の事態で針がズレてしまう可能性もある。つまり、微調整が比較的しにくく、不測の事態では調整をやり直さなければならなくなる。その点、スワンネックは緩急針の根元に接触する小さなネジで調整するので、微調整に向いているのだ。しかも、緩急針をスワンネックで囲っているので不測の事態も起きにくい。レイルロード・ウォッチ・アプルーブドに言う、「秒単位の時間調整が可能」にしたのがこのスワンネック緩急針のことであり、ハワードが嚆矢だとか。

 

 

㊿ スクリュー式開閉

 

スクリュー式の裏蓋及び文字盤側の蓋は、特別な器具が必要なく開閉ができるので大変便利だ。アメリカ鉄道時計は、レバーセットであるので文字盤側の蓋を容易に開閉できるようにスクリュー式にしている。戦前の19セイコーも、レバーセットではないのにスクリュー式にしているのは、導入時にアメリカ鉄道時計を参考にして開発した名残ではないかと思われる。

 

 しかし、このスクリュー式の蓋には弱点がある。最後まできちんと閉めることができず、斜めにしか閉まらない個体がままあるのである。そういう個体は、見た目がよくないので、価値を下げてしまう。過去に乱暴に占めてしまい、ネジ山やネジ谷がつぶれたり切れたりしたのだろう。そうすると、本来の噛み合わせではないネジの山や谷を新たに作ってしまうことになり、歪みが固定されてしまう。これは、スクリュー式とわからず、裏蓋開け(こじ開け)で開けてしまったときにも起きうる。

 

 うまく開閉できないときに役立つ便利な道具を、本HPの「道具のメモ」に掲載したので、ご覧になっていただきたい。

 

 

㊾ レバーセット

 

 アメリカの鉄道時計を特徴づける、もう一つの特徴は「レバーセット(レバー作動式設定機構)」である。時計の風防側のベゼルを取り外し、1時から2時の辺りにあるレバーを引き上げることで時刻を設定するモードにすることができる。それをしなければ、竜頭は動力ゼンマイを巻くことしかできない。

 

他方、それまでの懐中時計は、いわゆる「ペンダントセット」という機構が多く、竜頭の位置を時計から引き離したり押し込めたりする動作で、時刻を合わせと動力ゼンマイの巻き上げをという2つのモードを使い分けていた。

 

 一見、ペンダントセットの方が便利であるのに、アメリカの鉄道時計がレバーセットを選んだのはなぜか。

 

 それは、ペンダントセットの動作を可能にしていた部品「ヨツバネ」にありそうだ。これが折れやすく、竜頭が浮いた状態になりがちなのだ。戦前の19セイコーやウォルサムは竜頭が浮いた状態になっていて、動力ゼンマイの巻き上げと時刻合わせのモードの区別が甘い個体が結構存在することに気づく。つまり、ヨツバネに不具合が出ると(いつなるかわからない)、竜頭に触れることで時刻が変わってしまう恐れがあったのだ。それを防ぐために、アメリカの鉄道時計はレバーセットを導入したのだ。ただし、19セイコーは、この課題についてレバーセットはとうとう導入せず、戦後、オシドリという部品の導入で解決を図り、ペンダントセットで通したのだ。

 

 

㊽ ダブル・ローラー

 

アメリカ鉄道時計のレイルロード・ウォッチ・アプルーブド基準には、ダブル・ローラーは明記されてはいないようだ。しかし、厳しい基準を満たすために、各メーカーは脱進機に、競ってダブル・ローラーを採用している。ところが、このダブル・ローラーについて詳述しているHPは少ない。

 

セイコーミュージアム

<高精度を出すために.、(略)てんぷの振り座(ローラーテーブル)の振り石(インパルス・ピン)による

振り角を制御するためにto control the oscillation angle of the impulse pin、振り座を2重にした

「ダブルローラー」と言われる構造を採用しました。>

海外のいくつかのHPを見てみると、

・特許の取得は1903929日。ロックフォード・ウォッチ・カンパニー・リミテッドからの出願だった。

・発明者はフランク・J・リーブス。

・シングルローラーだと、衝撃を受けた場合、振り切りが発生し止まってしまうことがある。

・それを防ぐための安全対策。

 

ダブル・ローラーとは、振り座が大小2枚あり、大きい方に振り石が固定されている。この振り石がアンクルハコ(ガンギと反対の部分)を蹴ることでアンクルが振れ、ガンギ車を規則正しく回している。この振り石がアンクルハコから飛び出して外れてしまわないように、上から蓋をする形で小さい方の振り座(セーフティ・ローラー)がかぶさった形になっているわけだ。

 

 

㊼ より多石へ、16サイズへ

 

㊻の変化は留まることを知らず、益々すすんでいく。1910年までに、17石の時計はすでに消え始め、21石以上の時計が定着していく。18サイズの時計はこの時期までの主力製品だったのだが、新しい16サイズモデルの時計が大量に登場し始める。その最も成功した例がHamilton99221石で、1903年に登場してほんの数年のうちに100,000個以上が売れたという。他のメーカーも競って16サイズのモデルを投入していったのだ。

 

こう見てくると、アメリカの鉄道時計も一気に高級品が世に出てきたのではなく、時間をかけてグレードアップしてきたことがよくわかる。最も人気のある最高グレードの23石・16サイズである、ハミルトン950、イリノイのバン・スペシャル、ウォルサムのバンガードが、1910年代中頃に登場している。

 

 

㊻ 時計のグレードアップ

 

ボールが登場するまでは、標準的な鉄道時計と言えば、18サイズ、15石、3姿勢の調整、といったものだった。ところが、1891年にハンプデンが17石の時計、イリノイが16石のバン・シリーズを発表したことにより、それまでの15石が陳腐化してしまう事態となる。ウォルサムはただちに17石のバンガード・シリーズを発表し、加えて、在庫の15石の時計に2石を追加して17石に加工をしたという。

 

このころ急速にアメリカのメーカーによる鉄道時計の仕様が向上し、17石がスタンダードになっていく様が窺われる。このことが、1893年にボールから出されるレイルロード・アプルーブド基準が、17石とされる下地になっていったのだろう。

 

 

㊺ ボール以前の時間検査基準(time inspection standards

 

1850年代にはすでに標準時が定義され、時計の検査は管理され始めていた。最初は、鉄道会社がイギリスから鉄道時計を購入し、車掌や機関士にあてがっていたが、質入れの問題が浮上し、個人購入が導入された。つまり、鉄道会社は鉄道時計の所有はせず、時計の信頼性を保証するための証明書を携帯する義務を課し、管理の方を徹底する道を選んだのだ。ただ、メンテナンスにかかる費用は会社持ちだったようだ。

 

特筆すべきは、1887年にアメリカ鉄道協会によって「監視証明書」の形式が定義されたことだ。そして、この形式がボールの改革によって、多くの鉄道会社によって採用され、使用され続けられるようになったのだ。

 

 

㊹ 鉄道時計の管理

 

鉄道時計というと、時計本体が話題になることが多いのだが、そのメンテナンスも厳格だった。まず検査について、指定された時刻監察官によって2週間ごとに検査されることになっていた。すべての鉄道に携わる人はすべて、監察官がサインした、携行している鉄道時計のメンテナンスの完全な記録と成績を記録しているカードを携帯することになっていたとか。

 

鉄道時計は、もともとは1年に1回オーバーホールすることが必要だったようだ。しかし、注油の改良とネジ蓋ケース( Screwback and bezel) の普及により、1年半に1回で済むようになったという。しかしこれに限らず、監察官が必要と認めたときには、各人の懐中時計のオーバーホールや修理を命ずることができることになっていた。

 

これらのことは、多くの鉄道で実施している規則体系である「鉄道時刻奉仕』 〔 Railroad Time Inspection Service 〕に明記されていたという。鉄道に携わる人の鉄道時計の正確さを保証するものだった。

 

 

㊸ 戦後7石、15石のグレード設定

 

SECOND SETTINGは秒針規制を表し、鉄道時計として正確に時刻合わせを秒針までできるようにした機構であり、画期的と言える。このSECOND SETTINGが昭和30年(1955年)以降に装備されて以来、装備された個体と装備されていない個体が、上級機と普及機として差別化されたグレード設定がなされたことが容易に理解できる。

 

DIAFLEXは昭和32年(1957年)に装備されて以降、SECOND SETTINGと一緒に装備され、SECOND SETTING DIAFLEXと表記されたグレードに収斂されているかと思いきや、実はそうなってはいない。昭和34年(1959年)ごろ(7SEIKO表記)を整理すると、@どちらもなし、ASECOND SETTINGのみ、BDIAFLEXのみ、CSECOND SETTING DIAFLEXの4種類があったことになる。

 

15石になると、@Aは姿を消してBCのみとなっている。つまり、上級機はSECOND SETTING DIAFLEX、普及機はDIAFLEXのみというグレードの設定になっているのだ。これらの流れは、DIAFLEXが徐々に標準装備されていき、@が不要となって、AはCに収斂されたことを示していると思われる。

 

 

㊷ 機械式時計の魅力

 

機械式時計の魅力の1つに、正確さが主張されるのは、やはり時計だからだろう。しかし、機械式時計がいくら正確といっても、クォーツ式時計は正確さにおいては機械式時計を凌駕する。そうすると、機械式時計の魅力は、正確さであって、正確さではない、ということになる。

 

このややこしい関係について、考えられる手がかりの1つが、クォーツ式のムーブメントがブラックボックスであるということだ。クォーツは、表面からいくら見てもその仕組みが見てとれない。そんなよくわからないものが正確さを生み出している。それでは、人は愛着を感じにくいのではないか。しかも、OHも機械式時計に比べると長い間必要がないので、それに拍車をかけているのかもしれない。

 

それに比べると、機械式時計のムーブメントは可視的だ。なかでもテンプ周りの動きは見ていて飽きないという話をよく聞く。ここを見るためにスケルトンにする時計があるぐらいだ。OHもこまめにしなければならず、ちょっとしたことでも不具合が起きることがある。そんな機械が正確さを追い求めて、懸命に?動いているのが面白い。いや、人によっては、この機械のけなげな姿に愛おしさを感じてしまっているのではないか。

 

 こう考えると、㊶の真逆のことが起きていると言えるのかもしれない。

 

 

㊶ チラネジの取り付け

 

以前、19セイコーのテンプは、<片重り調整が出来る本格的なテンプです>(HPイソザキ宝石店)とあるのを紹介した。この調整に使われていたのがチラネジだった。千葉工業大学の遠山正俊氏は、昔は「後光ねじ」と呼んでいたことや、このネジがあるムーブメントが「いい時計」であると言っている。他のHPを見ても、このチラネジを優れたものとして紹介しているものが多いようだ。

 

 ところが、中村恒也氏(諏訪精工舎)によると、このチラネジは取り付けるのが大変な仕事であったと述べている。あの小さなチラネジを一つ一つ丁寧に取り付けるのは、確かに労力かかっただろうし、調整にも時間がかかったことだろう。だから、チラネジを付けなくなると、てんぷを作るのが楽にったというエピソードが紹介されている。しかも、それまでチ ラネジの頭があったところまでテンワを大きくすることができて、より精度を上げることができるようになったとか。

 

 

㊵ 切りテンプから単一テンプへ

 

19セイコーは、戦前から、温度変化などによる金属の膨張からの誤差を防ぐために、周りの縁が二か所切れている、いわゆる切りテンプが採用されていた。

 

しかし、第二精工舎の井上三郎氏によると、終戦から間もなく、「温度係数の小さなエリンバその他のひげぜんまい材の採用で単一てんぷに変って」いるとの指摘がされている。単一テンプは、切れ目がないので丸テンプとも言う。チラネジは、91RW15石まで残されていた。

 

後継機の61RW63RWになると、チラネジもなくなり、完全な丸テンプ(平テンプとも)になる。

 

 

㊴ DIAFLEXを詳しく見る

 

「錆びない、切れない、ヘタらない」ゼンマイであるダイアフレックス(DIAFLEX)は、第二精工舎が東北大学金属材料研究所長の増本量博士の指導で開発した。加工については困難が伴ったが、東大の鈴木弘博士が設計指導した逆張力伸線機によって、材質的にも寸法的にも極めて均質なものが製造できるようになり、昭和32年より19セイコーにも投入された。

 

このダイアフレックスは、コバルトを主成分とし、鉄、ニッケル、クローム等を添加した不錆高弾性合金である。それまで使われていた鋼ゼンマイに比較して優れている点は次のとおり。

   (1) ヤング率及び弾性限が高い   …ゼンマイの厚みを薄くでいるようになり、最大有効巻き数が増した。

2) クリープに対する抵抗力が高い …歪みに対する耐性のことで、変形しにくいことを示した。

3) 切欠効果に対しては極めて鈍感 …表面や側面の小傷ができても破断しにくい。

4) 耐触性が優れている        …湿度による錆が生じず、強酸強アルカリに強く、破断しにくい。

5) 非磁性である             …強磁場のなかでも磁性を生じないので、歩度に影響がない。

 

 

㊳ 錆びないゼンマイ

 

 戦後しばらくまで、日本の時計はゼンマイ切れに悩まされていたようだ。シチズンの山崎六哉氏によると、「特に私は始め検査におりましたので,振り付け検査時のぜんまい切れが非常に強く印象に残っております。例年,6月の梅雨頃から切れ始め,8月末が一番多く,一晩のうちに 14ほどがそのために止ってしまうというような経験を持っております。」と言っている。

 

 アメリカでは、昭和21年に、エルジンが錆びないゼンマイの材料であるエルジロイを発表しており、それに触発されて、シチズンも錆びないゼンマイ材の開発を急いだとか。フランスのアンフィ社からフィノックスを購入して製品に使用し、その一方で、日本冶金とその国産化に取り組んだのだ。

 

 

㊲ 扇に鶴のマークについて

 

鶴のマークが技師長の吉川鶴彦氏に由来するという説について、思うことを述べてみたい。

 

精工舎の商標を見ると、精工舎のSなどアルファベットを使用したもの以外に、扇、雁、軍配、燕、牡丹、兜、富士山、など多彩な図案(HP TIMEKEEPER」)がある。果たして、これらの図案は、精工舎の社員に由来しているのだろうか。もし、由来しているのなら特定したいものである。反対に、もし由来していないのなら、なぜ、鶴だけ吉川氏だけが選ばれたのだろうか。

 

吉川氏の精工舎への貢献度は計り知れないことは理解できる。それだけ偉大な人だったということなら、服部金太郎氏に由来する商標があってもよさそうであるが、どうだろうか。また、図案は、単に、いわゆる吉祥文様という可能性も高いのではないか。

 

いずれにしても、出典次第ということになると思う。

 

 

㊱ 扇にSKSマーク

 

 SKSマークについて、商標登録されたのは明治42年(1909年)521日である(HP TIMEKEEPER」)。19セイコーの製造開始は昭和4年(1929年)であるので、当初からこの扇にSKSマークだったことになる。

 

 登録者は服部金太郎。登録番号は第36395号。申請は明治42225日。品名は第22類 時計及び其附属品。

 

 

㉟ 精工舎の純正ケース

 

『ヒノマチコのブログ』に興味深い記事が載っている。それによると、精工舎の純正ケースは、戦前等の古いものには「SKS」という“SEIKOSHA”の略字が刻印されており、1946年(昭和21年)あたりから1964年(昭和39年)ぐらいまで「鶴マーク」が刻印されたとか。

 

そして、この鶴マークは、精工舎が創業した1892年、精工舎の基礎を築いた当時の技師長の吉川鶴彦氏18641945年)の名前の「鶴」の一文字を取り入れたものという。

 

SKSマークも鶴マークも、正確には扇の中にデザインされていることは指摘しておきたい。そして、この記事について、惜しむらくは出典が示されていないことである。

 

 

㉞ マイセンの文字盤

 

有名なマイセンの陶器を文字盤にした時計がある。セネタ・マイセンである。セネタは1997年に始まった、グラスヒュッテ・オリジナルを代表するブランドの1つである。セネタ・マイセンの文字盤には、ザクセンの紋章からとったと言われる、マイセンの双剣が描かれている。

 

西洋の憧れだった中国の白磁を、ヨーロッパで初めて製造に成功したのが18世紀初頭のマイセンだった。錬金術師ベドガーが、アウグスト2世に幽閉されて開発に携わったと言われる。原料はアウエ鉱山で見つかったカオリン(磁石:名前の由来は高嶺)とアラバスター。これで粘土を作り、高温焼成したのだった。その後、マイセンでは、アラバスターを長石と石英に代えている。

 

 

㉝ 瀬戸引き

 

金属板を陶器で覆ったものであるが、正確には、金属板に、陶器の表面にかけているガラス質の釉薬を高温で焼きつけたものであり、むしろ、ガラスで覆ったものと言った方が近いかもしれない。別名、琺瑯。七宝とも言う。

 

現在は琺瑯や七宝の呼び名が一般的になっているが、元々は瀬戸引きと言った。琺瑯の名になったのは1902年。それまでの有鉛の釉薬から、無鉛の釉薬へと改めることになったため、イメージチェンジをするために琺瑯と呼んだ。時計では、まだ、この瀬戸引きという呼び方が生きていることになる。焼き付けを繰り返す技法をとっているものが、エナメルであるので、これもほぼ同じ仲間と言える。

 

ポーセリンは、ふつうは、金属板を陶器そのもので覆ったものをいう。しかし、こちらも磁器粘土を焼き付けてから、やはり釉薬をのせて焼き付けているので、見た目は瀬戸引きとほぼ同じような風合いになる。ただし、金属板を使わずに、陶器だけで文字盤をつくっている時計メーカーもある。

 

時計にとって、文字盤はまさに顔と呼べるものであり、高級時計メーカーほど手間と質にこだわる。日焼けせず、半永久的に美しさを保つところに人気が出るのは頷けるところである。

 

 

㉜ 天真(天芯)

 

機械式時計が動いているので正常かと思いきや、止まっていることがある。こういうとき気をつけなければならないことがある。時計の姿勢によって、つまり、文字盤を上にしたり下にしたりしたときに、動いたり止まったりしていないか、ということである。

 

 もし、このようなことがあったら、テンプ周りに不具合があることが多い。なかでも注意したいのは、天真折れである。天真はテンプの中央で支える芯棒のことであり、時計の厚みの中に収まるような小さな部品である。先端のホゾと呼ばれる部分は、0.09mm0.1mmに加工されており、ここが衝撃で折れるのが天真折れである。

 

折れてしまったら交換しかない。入手するか、新しく製作することになるのだが、製作は焼き入れを要し、素材を削るだけでは、またすぐに折れたり曲がったりしてしまう。

 

 

㉛ 文字盤の素材

 

文字盤の素材は、大きく分けて2種類ある。瀬戸引きと金属板である。瀬戸引きはポーセリンとも言う。アンティーク時計は瀬戸引きのものが多く、高級感を醸し出している。19セイコーもこの瀬戸引きと金属板の2種類がある。

 

瀬戸引きは、金属板を陶器で覆ったものである。白さが際立ち、古い時計でもきれいな白さが上品さを引き立てる。しかし、衝撃に弱く、ダメージを受けやすい。クラック(欠け)やヘアライン(細いヒビ)は、時計の価値を大きく下げることがある。クラックがひどいということは、落下が疑われ、ムーブメントへの影響も考えられる。クラックが大きいと、下地の金属板が見えることがある。19セイコーでは、戦前の個体は瀬戸引きが多い。しかし、戦前でも終戦間際のものは金属板もある。

 

金属板は、文字通り金属の板であり、塗装が施されていることが多い。しかし、変色が避けられず、汚れやカビ、錆、傷にも弱いようだ。マニアのなかには、変色を「焼け」と表現し、味わいの一つとして表現している人もいる。ただし、きれいな個体であれば、ムーブメントも状態がよいことが予想されるが、極端に汚れていたり傷んでいたりすればムーブメントは要注意である。一方、衝撃には強く、ダメージはほとんどない。19セイコーでは、戦後の個体はほとんどが金属であり、7石ものものはスモセコの部分をわざと銀白色にしているものが多い。

 

 

㉚ チェーンの種類

 

 懐中時計の落下防止にチェーンは欠かせない。しかし、世の中には様々なチェーン(鎖)が出回っているのも事実だ。汎用のチェーンでも事足りることもあるとは思われるが、ここでは懐中時計用のチェーンについて触れてみたい。

 

 懐中時計を解説するHPでは、金具(クリップタイプ・引き輪タイプ・ピンバータイプ)についての解説になっていて、肝心のチェーンには触れていないものが多い。では、チェーンの種類は少ないのか言えば、実はそうではない。

 

 私が把握しているチェーンだけでも次のような種類がある。懐中時計の作法や持ち主の好みによって使い分けられていたと思われる。

  【色】金色と銀色が主流。

・金色  ・金古色  ・銀色  ・銀古色  ・ガンメタ  ・ブロンズ

  【材質】材質・メッキによって微妙に違いがある

   ・無垢の金・銀  ・14金など金の合金  ・スターリングシルバーなど銀の合金

・金メッキ・銀メッキ  ・ロジウムメッキ   ・クロムメッキ    ・ニッケルメッキ

  【形】懐中時計用としては下の5つをよく見るが、輪の形・大きさ・輪の数等で多くの

バリエーションが生まれる。鎖そのものにも他に多くの種類がある。

・小判   …古くからある鎖で、輪が直角につながれている

・喜平   …これも古くからある鎖で、小判を基本として同じ方向にねじってある。

           ねじり方によってバリエーションが生まれるので、種類は多い。

・ボストン …四角の輪を、小判と同じように隙間なくつないだもの

・メッシュ …輪を編み目のようにつないだもの

   ・スネーク …蛇の胴を思わせるかしめ構造のもの

 

 

㉙ 風防

 

 懐中時計の風防は、文字盤と針が稼働する状態を守りながら、時刻表示が見えるという機能がある。漢字の用法からすれば「防風」が正しいが、Wind Shield(ウィンドシールド)の直訳のため、風防となったようだ。

 

 古い懐中時計の風防はもちろんガラスなのだが、プラスチックも意外と古い。工業製品としての生産開始は明治42年(1909年)で、アメリカのレオ・ベークランドが成功している。日本では、明治44年(1911年)には三共商店が工業生産に成功している。ということは、19セイコーの生産開始時にはプラスチックはすでに生産されていたことになる。

 

 懐中時の風防について、ガラスがいいのか、プラスチックがいいのか、好みや機能によって使い分けられているようだ。ガラスは何と言ってもその透明感や質感が好まれるが、いったん割れてしまうとガラスの屑や粉が文字盤を傷つけると言われている。逆に、プラスチックは破砕しにくいという点で時計を守るのに都合がよいのだが、指の爪で軽くたたいた時の音に安っぽさが漂う。ただ、プラスチックでも傷やヒビがなければ、よほど意識して見ないと、一見しただけではガラスとの区別はなかなかつかない。

 

 

㉘ 防水機能

 

 19セイコー、そして、その後継機には防水機能がない。現代の携帯用の時計であれば、生活防水ぐらいは施されているというのが普通と思われるのだが。しかし、これは何も19セイコーに限らない。アメリカのレイルロード・アプルーブドにも防水の規定はないのだ。

 

 時計は精密機械であり、金属部品で組み上げられているため錆に弱い。つまり、時計は元々、水、水分に弱いのだ。しかも、そのダメージは、衝撃や磁気のようにすぐには出なくても、確実にムーブメントを蝕む。いや、時間がたってからダメージが出るので、気がついたときにはもう遅い。ムーブメントが錆びると、丁寧に落とすことで何とかなるものもあるが、致命傷となることもある。腐蝕とはよくいったものだ。

 

 では、なぜ防水でないのか。鉄道員は雨に濡れることがあっても、時計自体がポケットに入っていれば、水に浸すことはほとんどなかったのかもしれない。また、汗や蒸気にさらされることはよくあったと思われるが、それぐらいではムーブメントに影響は小さいと考えていたのかもしれない。裏蓋の密閉性はそれぐらいなら耐えられるのかもしれない。あるいは、製造上、メンテナンス上の問題があったのかもしれない。ただ、現在、19セイコーやアメリカの鉄道時計に比較的状態のよいものが残っているところを見ると、結果的に防水機能は必要なかったようだ。

 

 

㉗ 竜頭巻き機構 追加

 

 他の色々なHPを見てみると、1842年は、フィリップが竜頭巻き機構を発明した年と言うよりは、考案した年とした方がよさそうである。また、特許を取ったのが1845年とあるところから、パテック・フィリップ社のHPが正しければ、1847年はその特許を使った初めての製品を世に出したというところだろうか。

 

 ただ、「キュリオスキュリオ株式会社」のHPに興味深い記事が載っている。この竜頭巻き機構は、フィリップ個人が考え出したというより、それ以前の1838年にスイスで開発されていた旨が書いてあるのだ。フィリップはそれを直には見てはいなかったようだとしているが、開発されていたことは知っており、しかも、その機構を鍵巻きに代わる機構にする確信をもっていたとある。

 

 1851年には、パテック・フィリップ社に名称を変更。ロンドン万国博覧会に出品し、ビクトリア女王がロイヤル・ブルーのエナメル装飾を施したブローチ型の時計を購入し、名声が不動のものとなっていったようだ。

 

 

㉖ 竜頭巻き機構

 

動力ぜんまいの巻き上げを竜頭で行う機構のことで、時刻合わせの機構も併せ持っている。この機構についてはCITIZEN社のHPに詳しく出ているので紹介する。

 

1842年、ジャン・アドリアン・フィリップ(Jean Adrien Philippe、フランス)は、ねじ巻き/時刻合わせ用の軸を、

それまでの時計の前面や背面から、時計側面に移動させたムーブメント(時計本体の心臓部分のことです)

発明しました。これは、「りゅうず巻き上げ/時刻合わせ機構」と呼ばれ、現在の機械式腕時計の機構とほぼ同

じことができる素晴らしい発明でした。飾り気も失い、すっかり鎖留め、ひも通し程度の飾りにすぎなかった「り

ゅうず」は、このとき初めて時計の内部機構と関わりを持つようになり、「時計部品」の一部になったのです。」

 

 つまり、それまで鍵巻き、鎖引き機構だった懐中時計を、鍵がなくても巻き上げることができるようにした画期的な機構だったのだ。それは、飾りに過ぎなかった竜頭を、重要な役割をもつ部品に格上げしたことでもあった。ちなみに、フィリップは、「パテック フィリップ社」にその名が刻まれている創業期の共同経営者である。同社のHPには、彼が竜頭巻き機構を発明したのは「1847年」としている。ただ、同じページに、1844年のパリ博覧会で、フィリップが画期的な機構を出品していたとも書いており、ここはもう少し掘り下げて調べてみる必要がありそうだ。

 

 

㉕ アンクルの爪石

 

 ガンギ車が動力バネで一気にほどけようとするのを、ひげゼンマイの往復運動で動くアンクルが制御していることは㉒で紹介した。このアンクルの左右の腕の先に付いている石を爪石という。振り石を上にしたときに、向かって左側を入爪、右側を出爪という。 元々は振り子時計の仕組みだったものを、持ち運びを可能にしたテンプを内蔵した懐中時計に応用したものである。

 

『セイコーミュージアム』によると、ロバート・フックが、ホイヘンスの振り子時計に「退却式アンクル脱進機」を取り付け、今度は、ウィリアム・クレメントがそれを改良したとか。これは小さな振幅で動くことから長い振り子を使えたことから、より正確になり、秒針も付けらえるようになったようだ。これが1660年前後となる。

 

 それを懐中時計用に改良したのが、トーマス・トンピオンで、「シリンダー脱進機」という。さらに、彼は、懐中時計用にひげゼンマイを使った円テンプも製作している。そして、それを今度は、弟子のジョージ・グラハムが改良し、「直進式アンクル脱進機」を発明し、それをさらに改良したのがトーマス・マッジだった。彼は、「ラチェットトゥース・レバー脱進機」という、貴石入りの「分離式レバー脱進機」を発明したのだった。これが現在の脱進機のルーツとなる。ここまでイギリスで進歩してきたので、英国式レバー脱進機ともいう。18世紀半ばのことになる。

 

 これをさらに改良し、ガンギ車の先を尖ったものからゴルフクラブ状に曲げたのが、「クラブトゥース・レバー脱進機」といい、スイス式レバー脱進機ともいう。現在のガンギ車は基本的にこの形になっている。

 

 

㉔ 穴石と受石

 

 歯車やテンプの軸を支持する石を「穴石」、あるいは「軸受け」という。懐中時計は当初、軸を支える部分は金属でできていたが、長い間使っていると摩耗してしまい精度が落ちるため、「石」を使用するようになった。穴石は、その名の通り、穴が開いており、そこに軸を通す。いわゆるベアリングの役割を果たす。この穴は微細で、軸と穴の隙間が無いようにしなければならないのだが、石が小さく硬いため、加工には精密な技術が必要となる。

 

 対して、受石は、歯車やテンプの軸先の回転による摩耗を防ぐための石。つまり、軸の先端は、この受石の上で回転していることになる。油溜りといわれるくぼみがあり、そこで油を保持する役割もある。ちなみに、上下の受石の間のことを「あがき」といい、いわゆる遊びのことを指す。このあがきをどれだけとるかが重要なノウハウとなる。

 

 

㉓石の種類

 

機械式時計の石は、金属部品の摩耗を防ぐために使用される。ということは、硬い石であれば良いのだが、一般に、天然にしても合成にしても「ルビー」が使用されることが多い。では、なぜ、ルビーなのだろうか。

 

 ちなみに、ルビーは、和名では「紅玉」といい、宝石としての名前となる。鉱物としての名称は「コランダム」で、酸化アルミニウム(アルミナ)の結晶からなる。鋼玉とも呼ばれる。純粋な無色透明の結晶体のはずだが、宝石では、アルミナに微量のクロムが混ざると赤く発色してルビーになり、鉄やチタンが混ざると青く発色してサファイアになる。

 

 ルビーが使われる理由はいくつかあるようだ。

   1 ダイヤモンドでは硬すぎて加工がしにくく、高価すぎる。

   2 サファイヤには、不純物として鉄が入っている。→磁気が心配ということか。

   3 それらに比べて、ルビーは硬度がほどほどで、加工も比較的しやすい。

   4 赤い色が、作業のときに見やすくて便利。

   5 ムーブメントを見たときに、赤いルビーは目立って高級感がある。

   6 赤色の美しさを強調するのはスイス時計製造の中心地ジュウ渓谷の伝統

   7 合成宝石としてルビーが早くから製造されるようになった。

 

 

㉒振り石

 

 機械時計の石の数が奇数になる理由は、テンプに取り付けられた「振り石」が1つのためである。この振り石は、時計の心臓部を支えていると言っても過言ではない部品である。動力バネが巻き戻ろうとする力がガンギを回す。それを一定のリズムで止めたり進めたりするのがひげゼンマイが動かすテンプとなる。この接合部にあるのが振り石とアンクルで、左右に振れる振り石の動きに合わせてアンクルが振れ、ガンギを制御している。

 

 この説明にもっとも近いものが、『機械式時計大全』(本間誠二著)である。引用してみる。

 

 「脱進機の構造脱進機の基本パーツはアンクルとガンギ車ですが、アンクルのけん先(サオの先端部にある三つ又の真ん中の突起)は、テンプの中心にある円盤状の振り座に付けられた振り石と密接して配置されています。振り石はルビーで作られた小さな柱状の突起物で、テンプの往復回転運動によって振り石が動くことになります。その動きによって、アンクルはアンクル真を支点にして首振り運動を繰り返すことになります。

 一方、アンクルの2本のツメはガンギ車とかみ合い、ガンギ車を歯ひとつぶん進める働きとガンギ車の回転を止める働きを、1秒間に数回のペースで繰り返します。こうした一連の動きによって輪列の歯車の回転速度が一定に制御され、時計は正確な時を刻むようになります。

 

 

㉑鉄道時計の認定基準ができる前にも規制はあった

 

鉄道時計のウェブ・C・ボールが認定基準を定めたのは1893年のことで、この基準は正式には「レイルロード・アプルーブド」という。いわゆる鉄道時計はこの後に出現したものを言う。しかし、各メーカーの歴史を調べてみると、その前にも鉄道用の時計を製造していたことがわかる。そして、ネット上のWEBによっては、これらも鉄道時計と表現しているものがある。

 

確かに、アメリカで鉄道員の使用する時計は18501860年代にはすでに規制の対象だった。しかし、惜しいかな、それらの時計の選択はそれぞれの鉄道会社に任されており、絶対的な基準ではなかったのだ。鉄道各社が時計検査員、それは通常は時計メーカーの社員を任命したようだが、彼らに運営させていたという。1887年にはアメリカ鉄道協会も標準化を試みている。また、鉄道会社によっては、鉄道用に承認された時計のリストを発行していたことがわかっている。しかし、これらも普及したわけではなかったようだ。

 

よって、鉄道時計とは、1893年以降の「レイルロード・アプルーブド」を満たしたものを言うのが正式ということになる。19セイコーは残念ながらこの基準を満たしているわけではない。

 

 

Sステッピング・モーター

 

 アナログ・クォーツ時計の秒針は、ステッピング・モーターが動かしているという。

 

 日本電産のHPを見ると、「1920年代の軍艦(イギリス海軍)で、魚雷の発射方向を指示するアクチュエータとして採用されました」とある。さらに、「かつてステッピング・モーターと呼称として、step-by-step motorというものがありましたが、やがて、stepping motorや、step motorが一般的になりました。また、stepper motorということもあります」とも。

 

 オリエンタルモーターのHPでは、「正確な位置決め運転を簡単に実現できる」モーターのことであり、「パルス信号によって回転角度・回転速度を正確に制御できる」という。 例えば、「時計の秒針のように、一定の角度ずつ回転する」とし、「パルス信号とは電源のONOFFが繰り返される電気信号です。ONOFF1サイクルを1パルスと数え、1パルスが入力されると1ステップ角度だけモーター出力軸が回転します。」とある。

 

 ここまでくると、クォーツ時計の秒針が1秒ずつ動いているのは、まさにこのステッピング・モーターのおかげとわかる。この動きをステップ運針という。対して、クォーツ時計にも秒針が滑らかに動いているように見えるものもある。これをスイープ運針という。しかし、このスイープ運針も、ステップ運針をさらに細かくしているだけのことで、実際はやはりステッピング・モーターが使われている。

 

 このステッピング・モーターは磁石が使用されているので、強い磁気が発生するところでは止まったり、誤作動したりするというから注意が必要だ。ただ、磁気製品から時計を離せば、元どおり正確に動き始めるとか。

 

 

R香箱とは

 

香箱とは何か。調べてみると「香(香木、薫香料)を収納する蓋付きの箱」のこと(ウィキペディア)を指すという。載っている写真は直方体である。しかし、時計では 「械式時計の動力源となるゼンマイを収めた、円筒状の箱の形をした歯車。香箱車とも呼ばれる」(「時計用語辞典)<STUDIO BREITLING>)となる。英語ではbarrelと言い、いわゆる胴がふくらんだ形の大樽のことを指す。

 

つまり、形に由来するというのは少々苦しいように思う。むしろ、「香」と関係があるのではないか。ただ、直方体と円筒形という形の違いこそはあれ、蓋つきの箱らしいというのはわかる。なにか大事なものをしまっておいた箱のことをいうのかもしれない。

 

ズワイガニのメスを香箱ガニということから、子が転じて香となった説もあるという。となれば、時計にとってゼンマイは子のように大切なものということから付けたのだろうか。説得力はある。

 

他方、日本では機械式時計が出現する前に使用されていた「香時計」が関係するのではないか、と指摘しているネットへの書き込みを見つけた。つまり、香時計にとって香は時間を計るものそのものであり、動力源と言ってもよいものである。その香を収めていた箱を香箱と呼んでいたからという。何やら、説得力が増す。しかし、機械式時計の動力ゼンマイとどのように関係がするのかは明確でない。

 

推測するに、機械式時計の動力源であるゼンマイを、香時計の香となぞらえて、それを収めている箱を転じて香箱と呼称として使用したとしても確かに不自然さはない。しかし、確証はない。以後、調べ続ける必要がある。

 

 

Q鉄道時計の基準、秒単位の時間調整が可能、というのはどういうことか

 

 19セイコーには秒針規制(SECOND SETTING)が1955年(昭和30年)に採用された。これはなかなかの優れもので、文字通り秒単位の時間設定が可能となった。

 

 秒針規制、ハック機能とも言う。ハック(hack)は、いわゆるハッキングの元の言葉であり、「乱暴にぶった切る、〜をたたき切る、刈り込む、切り開く、切り刻む」という意味だ。「やり通す、貫く、うまくやっていく」という消極的な意味もあるようだ。つまり、正式な方法ではないが、〜できる、などというような意味ととらえるとよいのではないかと思う。

 

アメリカ製の鉄道時計には、この秒針規制がないものが多いようだ。では、小見出しの「秒単位の時間調整が可能」というのは、どういったことを指しているのだろうか。ボールが定めた鉄道時計の基準として挙げられているのに、これにふれているHPや文書が見当たらないのだ。辛うじて、「戦時中に傭兵などが同時に時間を秒単位であわせる際に<ハック>という掛声を使っていたことが名前の由来」と説明している書き込みを見るが、鉄道時計の基準は1893年のことであるので、戦時中では時代が全く合わない。

 

 1970年代前半のロレックスの説明書に「リューズを引き出して、針を逆に回す方向に力を加え、針が逆転するかしないかのところで秒針を止める」方法が紹介されているようだ。ハミルトンの軍用時計を説明しているHPにも書いてあることを確認した。私の所蔵しているAEROWATCHだと、これができるのだ。ただ、これは「機能」というより、「現象」であると説明しているHPもある。当時の鉄道時計も、機能としてではなく、これができるようにしてあったということなのかもしれない。そうすると、hackの意味とも確かに合う。

 

 いずれにしても、19セイコーの秒針規制(SECOND SETTING)は、クォーツ時計が普及した現代では珍しくなくなっているが、当時は大変すすんだ機能だったということになるのではないだろうか。 

 

 

Q鉄道時計の温度の基準は妥当だったか

 

 ウェブ・C・ボールが定めた鉄道時計の基準では、温度は、華氏40度から100度としており、摂氏に直すと4.4度から37.8度となっている。果たしてこれは適切だったのだろうか。

 

  昭和 6年〜昭和16 年の10年間における隧道内の蒸気機関車乗務員事故は36名で,うち死亡は2名だったという。戦後、国鉄労組が隧道手当て増額を要求し、狩勝トンネル争議へと発展した。そのため、昭和23年に北海道労働基準局が北大医学部衛生学教室に調査研究を依頼した。その結果、事故の主原因は、50度以上(使用測定器具は50℃以上測定不能となり、後の再測定の結果53℃という結果が出た)と湿度100% という高温高湿と、投炭時の数百度に及ぶ熱線被爆によるショック性急性熱中症であるという判断が下った。

 

 この調査は、トンネルの中という事情であり、終戦直後の物資不足の中であったにしても、鉄道時計の許容温度を軽く超えている。この調査は「労働衛生」が焦点だったので、鉄道時計についてはよくわからない。しかし、運行そのものは鉄道時計で行われていたことが予想される。いったいどのようにして運行していたのか興味は尽きない。

 

 

Pムーブメントmovement とキャリバーcaliber

 

 ムーブメント …運動 →時計の駆動系 「機械式」「クォーツ」 などがある

                 機械式は「石数」で表すこともある

 キャリバー  …内径 →時計のムーブメントの型式番号 

Cal.〇〇 と表示する

 

 時計についての記述を読んでいると、ほぼ同じ意味で使用している場合がある。

しかし、厳密には異なる。たとえば、ヤフオクでは、19セイコーの機械式の後継機

にキャリバーが表示されていることが多い。なぜだろうか?

 

     ムーブメント →@ 21石の機械式   A 17石の機械式

     キャリバー  →@ Cal.6110-0010T  A Cal.6310-0010T

 

 上の@同士、A同士は、同じ時計のことであり、それぞれムーブメントとキャリバー

で表示するとこうなる。この2種類だけなら、21石のムーブメントとか、17石のムーブ

メントと、石数で表記すれば事足りそうである。ところが、この19セイコーの後継機に

は、Cal.6310-0030Tというキャリバーがあり、このムーブメントはCal.6310-0010T

同じだが、石数は17石ではなく、21石なのだ。

 

こうなると、21石のムーブメントという言葉だけでは表示することはできないことに

なる。つまり、同じ21石のムーブメントでも、ムーブメントに違いがあることを示す必

要が出てくるので、ヤフオクの良心的な出品者はキャリバーを併せて表記しているこ

とが多いのだ。(と勝手に思っているが実際はどうか 笑)

 

 ちなみに、ヤフオクに出品されているのは、Cal.6110-0010Tが圧倒的に多く、他の

2つは少ない。

 

 

Oスモセコ

 

 スモールセコンドの略。「小さい秒針」であり、小秒針(こびょうしん)ども言う。センターセコンド(中三針)に対する呼称。

 

 19セイコーの場合、文字盤の6の少し上の位置に、小さな円で秒のダイヤルが別に表示されている。これを「インダイヤル」という。時計によっては、12の下や3の左などに表示されているものもある。

 

 時計の進化の歴史上、スモールセコンドはセンターセコンドよりも先に世に出ていることからもわかるように、構造は簡単で丈夫。 

 

しかし、このスモールセコンドは使い勝手が今一つであることも見逃せない。センターセコンドは、時計の中心を見れば時刻を把握できるのに、スモールセコンドでは、時針・分針を見て、次に秒針を見なければならない。つまり、時間を見るのに視点をずらさなければならないのだ。

 

そのため、現在の時計の主流はセンターセコンド式になっている。

 

 ただ、高級時計などでは、このスモールセコンドが依然として搭載されている。それは、アンティークのような独特の雰囲気を醸し出すことができるからと言われている。また、クロノグラフは、スモールセコンドが時刻を表示する秒針で、真ん中の秒針に見える針はクロノグラフ秒針と言い、ストップウォッチの秒針になっている。

 

N竜頭の形

 

 収蔵している19セイコーの竜頭の形を見ると、時代によって変化している。それを簡単にここに整理してみる。あくまで、私の収蔵品の傾向から分析しているので、違うものもあるかもしれないし、間違いもあるかもしれない。それらについては、ご教示願えればと思う。

 

    玉葱型 … 昭和4年〜         金色で球に近い。頂きに円が描かれ、そこから下に、

縦に筋が入っている。24型のものは昭和5年からだが、                

大きさはケースに合わせて大きく、銀色。

    扁平型1… 昭和6年〜         いわゆるローレット縁ケースの竜頭。平べったい円柱

                             だが下に少しすぼまっている。横は縦に筋が入っている。

                             色は銀色。色は以下すべて銀色。頂きに模様なし。横は

縦に筋。

    団子型 … 戦前〜終戦直後      丸っこい竜頭だが、玉葱型よりは少し扁平。色は銀色。

                             頂に円が描かれており、そこから縦に筋。

扁平型2… 戦後〜15石前期      上の扁平型に似ているが、竜頭の直径がもう少し小さく、

                         縦は少し長い。頂に円が描かれており、そこから縦に筋。

円柱型1… 15石後期           直径が少し大きめの円柱型。頂に円が描かれており、そ

こから縦に筋。

円柱型2… 17石・21石・クォーツ    直径が小さめの細身の円柱型。頂きは模様なしで、少し

ふくらませてある。横は縦に筋。

 

 これら竜頭の形をみれば、おおよその時代が把握できる。あてはまらないものは、交換されているものと思われる。

 

 

M動力ぜんまい(ぜんまいばね)

 

現在の機械式懐中時計には、発条(ぜんまい)は2つ使われている。Hのテンプに組み込まれている「ひげぜんまい」とここで扱う「動力ぜんまい」である。

 

動力ぜんまいは、渦巻き状に巻かれたバネのことで、ほどけて元に戻ろうとする力を動力として利用するバネのことである。材料は鋼であり、時計の香箱の中に収められている。

 

HPSEIKOミュージアム』によると、この動力ぜんまいは15世紀後半にヨーロッパで時計の動力として使われ始めたとのことであるが、確かな記録がないことからはっきりしないことが多い、というのが結論のようだ。

 

ヘンラインの名前の挙がっている、実在する「ニュルンベルクの卵」はヘンラインが没した後の時計とわかっていることであり、ニュルンベルクの国立ゲルマニッシュ博物館所蔵のヘンラインが制作したとされる携行できる時計なるものも、改造などが施されているうえ、実際に動いた形跡もない、とか。

 

ただ、1512年に書かれた書物(Johannes Cochläus: Brevis Germaniae Descriptio )【ヨハンズ・コックラウス:『簡単な説明ドイツ』】<Google 翻訳>には、「ヘンラインは1510年に筒形の携帯可能な時計を作り、40時間動いた」と書かれているという。

 

正式な調査でなければ、個体としてもう少し古い時代のものがあるようだが、真相は未解明というのが本当のところのようだ。

 

いずれにしろ、15世紀後半〜16世紀には動力ぜんまいにより、精度はともかく、時計の小型化が可能になったということは確かなようだ。

 

 

L「ぜんまい」の外端切れ

 

 今回入手した時計は「19セイコー」の後継機、17石です。ムーブメントはCal.6310A。かなりお値打ちに入手できたので、大変喜んでいました。

 

さて、この時計を入手して竜頭を巻いたところ、なんと、いくら巻いても巻ききれないのです。きっと、空回りしているのだろう、だからぜんまいは巻けていないはず、と思いました。ところが、時計は稼働しているのです。しかも、見ている分には止まりそうにない。ただ、1415時間ぐらいで止まりました。何か具合が悪い。

 

「ぜんまい切れ」なら、稼働しないはず。Cal.6310は自動巻きの時計を手巻きにした特殊なものなので、それに由来する原因を疑いましたが、情報は少なすぎてよくわからなかったというのが正直なところです。全く、困ってしまいました。

 

しかし、ぜんまい切れについて注意深く調べてみたところ、今回の症状について、次の2つのHPにわかりやすく紹介されているのを見つけました。

HP『日本鉄道株式会社』の「ケイスケの時計修理ブログ」

HP『宝石広場』

 

 「ぜんまい」は香箱のなかにセットされ、時計の動力として使われていて、ぜんまいは、内端と香箱の芯がひっかかり、外端と香箱の内壁にひっかかっています。このぜんまいが切れると時計に不具合が起きるわけです。

 

 ところが、このぜんまいの「内端」で切れるか、「外端」で切れるか、によって、症状が異なるというのです。「内端」の方が、いわゆる「ぜんまい切れ」としてよく紹介されているものです。竜頭をいくら巻いても空回りしてぜんまいが巻けず、しかも時計も稼働しない。しかし、「外端」の方は、竜頭が巻くとぜんまいが巻けて、時計も稼働する。しかし、稼働は長く続かない。というのですから、私が今回入手した時計の症状とまったく同じ。

 

 つまり、「外端」で切れても、ぜんまいのほどける力が香箱の内壁を押す圧力となって、内壁にひっかかる効果を生み、ぜんまいが少し巻けるのだそうです。ただ、その圧力は限定的なので、ぜんまいをすべて巻き上げるほどの力にはならず、そこで空回りを起こし、いくらでも巻けるような感じになるのです。そして、ぜんまいが巻けた分だけ時計は稼働する、ということなのです。

 

 このまま使うことも可能だと思いますが、稼働時間が短いのでちょっと使いにくいですね。よって、やはり、修理は必要ということでした。 

 

 

K緩急針

 

 時計の裏蓋を開けると、テンワの上に、目盛りと針のようなものが目に入る。これを「緩急針」という。時計をOHした後、最後は時計師が調整して正確になるようにしなければならない。これをするための機構が緩急針であり、調整することを「調速」という。

 

 つまり、「時計の誤差を精密に調整するための装置」(『IDEAL WATCH』)のことである。

 

原理は、ヒゲゼンマイの長さを調整することで、テンプの振動する周期を早くしたり遅くしたりする、という仕組みによる。F(FAST:早い)の方に針をずらすと、ヒゲゼンマイが短くなり早くなる。S(SLOW:遅い)の方に針ずらすと、ヒゲゼンマイが長くなり遅くなるわけだ。

 

しかし、注意しなければならないことがある。調速は、あくまで微調整であり、OHしてあることが前提である。もし、OHをしていないのに、調速だけで乗り切ろうとすると、それは潤滑油がないのに無理やり動かしていることになるので、摩耗が激しくなることになる。

 

時計を大切にしたければ、緩急針に頼るのはほどほどにして、時計の針の進み方や音などに注意を払い、適度にOHすることが大切である。

 

 

 

Jボウ (BOW)

 

 このHPでは、ボウで統一しているが、呼び名が色々あるようだ。確認できたものだけでも、次のようなものがある。

 

 「カン」 「提げカン」 「吊り輪」 「提げ輪」 「リング」 「弓形」 等々。他にもあるかもしれない。

 

 時計店の方は、また違った業界用語があるようだが、よく聞き取れなかった。チェーンや紐を引っ掛けたりする輪の部分のことなのだが、こんなにたくさんの呼び名があっては不便ではないだろうか。

 

そして、このボウが意外と破損しやすいようだ。ヤフオクで出品されている懐中時計のなかにも、このボウがないものがけっこうある。ものによっては自作しているものもある。このHPでも、自作のボウの時計を1つ掲載している。

 

ある時計店でボウの相談をしたところ、単純に見える部品だが、扱いが難しく簡単にはつけられないと言って断られた覚えがある。それからは、ボウのない時計の購入は控えているのだが、時計店によっては簡単に修理してくれるところもある。素人では実のところはよくわからないというのが実状だ。

 

色々なHPで紹介されているように、懐中時計はチェーンや紐をつけることが奨励されている。時計を落として破損しないためだ。ということは、このボウもしっかりしていないと、時計の破損に結び付きやすいし、ボウが破損しやすいということは注意を要する部分ということでもあるのだろう。

 

 

I飛行時計等の夜光塗料

 

 19セイコーのムーブメントを使った飛行時計・航空時計の文字盤の数字と針だけでなく、戦後の腕時計の多くに、夜光塗料が使われてきた。これは暗いところでも数字や針が光って浮かび上がるもので、暗いところでも時間を確認ができる優れものであった。

 

 しかし、この夜光塗料については、文科省が作成している『原子力百科事典ATOMICA』のHPに次のようにある。

 

 「時計をはじめ計器の文字盤、夜間の指示標識などに用いられている夜光塗料は…(中略)…以前は蛍光塗料に放射性物質を加えたものが利用されていた。」 「ラジウムを含んだ夜光塗料を時計の文字盤に塗る作業をしていた女性従業員に顎の骨の骨髄炎が起きたり、白血病骨肉腫が多発した。筆先を舐めて穂先を尖らせて夜光塗料を塗布していたため、ラジウムを体内に取り込むことになった。」

<夜光塗料による放射線がんの発生 (09-03-01-10)

<更新年月> 200103月  

 

 これは、戦前に時計の夜光塗料に携わっていた業者のHPでも確認できる。

 

「初期の夜光塗料は硫化亜鉛蓄光顔料を、ラジウムなどの放射性物質によって常時刺激し、発光させているものでした。その後、1954年の第五福竜丸事件を契機に放射線障害の危険性が認知されるようになり、放射性物質の取り扱いについて法整備が進み、弊社は法令順守を徹底しながら事業を続けてまいりました。」

 

当時の時計は、製造されてから少なくとも70年以上たっているので、ほとんど蓄光の力はなくなっている。また、上の説明でもわかるとおり、製造業者が内部被爆することが問題となったわけであるので、体の中に入れることがなければ特に問題はなさそうである。

 

 

Hテンプ

 

 日本語で「調速機」という。

 

 テンプは、真ん中にアームのついた輪に、「ひげゼンマイ」というコイルがついており、規則正しい往復運動となる回転運動をするように作られている。1往復運動で、1ヘルツと言う。このテンプの規則正しい、正確な周期が、時計の精度を決定づけることになる。

 

 ちなみに、

 

 毎時18000振動 → 18000÷60÷605  つまり、毎秒5振動 2.5ヘルツ

                              19セイコー7石と15石がこれ

 

 毎時21600振動 → 21600÷60÷606  つまり、毎秒6振動 3ヘルツ

                              19セイコー後継機21石がこれ

                          

これら19セイコーは、いわゆる「ロービート」に分類される。

「ハイビート」は28800振動以上。クォーツは、毎秒3万以上の振動となるため、精度が文字通り桁違いということがわかる。

 

ただし、機械時計の魅力は、このテンプの振動の動きであり、一部のマニアはこの動きをわざわざ外からみえるようにした、スケルトンを愛好するという。

 

また、FGのガンギ車とアンクルが奏でる「かちこち かちこち」という音も、マニアを魅了している。

 

脱進機、調速機ともに、時計の心臓部であるだけでなく、マニアを魅了しているものであることを忘れてはならない。

 

 

Gアンクル

 

 アンクルは、英語でアンカー。錨の形に似ていることからこの名があるそうである。

 

 ガンギ車の回転を、いわゆる時計の音である、「カチコチ カチコチ」という音とともに、制御しているのが、このアンクルなのである。

 

 詳しく言うと、ガンギ車が、発条(ぜんまい)のほどける力で一気に回ろうとするのを、ガンギ車の周囲にある特徴ある歯を、アンクルの2つの角で、1つ1つ、止めたり、進めたりして、回転を一定の速度に調整しているわけである。

 

 このアンクルの動きをコントロールしていたのが、かつては振り子(ホイヘンスの発明)だった。

 

 しかし、振り子は固定した時計にはいいが、携帯する時計には組み込めない。

 

 振り子のように等時性があり、携帯できるぐらい小型化し、多少の揺れにも耐えることを可能にしたのが「テンプ」である。(これもホイヘンスの発明と言われている。)

 

 このアンクルとFのガンギ車を合わせて、「脱進機」という。

 

 

Fガンギ車(がんぎぐるま) 単にガンギともいう

 

 機械時計の心臓部の一部。香箱(1番車)のなかにある発条(ぜんまい)がほどける力で、2番車・3番車・4番車・ガンギ車(5番車に相当するが、5番車とは言わない)までが回るようになっており、その途中に分針(2番車)と秒針(4番車)が配置されている。

 

時針は、分針の軸を包み込むようにはめ込まれた歯車についている。分針の軸(2番車の軸)から回転を伝えられた別の歯車が回転を1/12にして、さらに、時針の軸にその回転を伝えるという仕組みになっている。つまり、分針と時針は2番車に連動しているのである。

 

そして、ガンギ車の回転速度を調整することによって、分針と時針、秒針が連動して正確に動くという仕組みになっている。

 

では、そのガンギ車の回転速度をどうやって調整しているか。

 

それを可能にしているのが、アンクルとテンプなのである。

 

 

E石(いし)

 

機械式時計では、「石」がスペックとして表記される。石は「いし」と読み、「受け石」・「軸受け」などとも言う。そこに、かつて石=宝石がつかわれたことから、15JEWELSなどと表記する。15石では、「15せき」と読み、石数は、「いしかず」と読む。

 

この宝石は、かつてルビーが使われることが多く、その硬さが利用された。歯車などの軸受けが金属だと、いくら潤滑油を差しても摩耗することは免れない。そこで、少しでも摩耗が少ないルビーを使ったわけだ。今は人工貴石・合成宝石などと言われる人工の石が使われていることが多い。

 

一般に、石数は多いほどグレードが高いと言われている。かつては、本物の宝石が使われていたころの名残と言ってよいと思う。高級時計は今でも天然の宝石を使うことが多く、多機能時計ともなれば石数がかなり多いと見てよい。ヴァシュロン・コンスタンタンのリファレンス57260とういう時計には242の石を使っていると紹介されている。

 

しかし、戦後の日本の時計には、必要以上に石が使われた流行があり、それらの時計では一種の飾りと言える。

 

では、石はいくつ必要なのか。アメリカの鉄道時計の基準では「17石」以上であり、現在のHP「スイス時計協会FH」では、少なくとも「15石」としている。

 

初期の19セイコーの石数は、「7石」。

 

これが、アンティーク時計のコレクターが、19セイコーのことをよく言わない理由の1つである。実際、19セイコーは戦後しばらくして15石(21石)となるし、戦前も高級時計として15石が存在した。言うまでもなく、性能を上げる課題の1つだったのだ。

 

ただ、19セイコーはそれほど長く使用することを前提としていなかったのではないか。そして、ある程度の期間を使用する精度が出せればそれでよかったのではないか。なぜなら、19セイコーが国産愛用運動のなかで採用されたわけであるので、目的はコストダウンにあったと思われる。これらの条件を満たし、輸入品のような高級品ではなく、しかし、使用に十分耐えるだけのものであればよい、という発想で開発されたのであれば、「7石」で十分だったのだ。

 

 

D「オシドリ」と「4つバネ」

ゼンマイを巻く、時間を合わせるというリューズ操作にかかわる機構の部品のひとつ。巻芯が時計内部でオシドリのピンに固定されているため、リューズを引いたり押し込んだりする動きに合わせてオシドリが動く。この動きがカンヌキを押したり戻したりすることで、ツヅミ車ゼンマイ巻き上げ位置や時刻調整位置に誘導する仕組みになっている。」 (時計用語辞典より)

http://www.studiobreitling.com/dictionary/d_images/a5-004.jpg

 

要するに、竜頭の2つの機能(発条<ぜんまい>巻きと時刻合わせ)を可能にするための部品のことである。竜頭を押し込んだ状態だと、発条をまくための歯車に噛みあい、竜頭を引き上げると、時刻合わせのできる歯車に噛みあうようにするわけだ。

 

このオシドリになる前は、「4つバネ」という機構・部品だった

 

「懐中時計では有名だったウオルサムも時刻合わせに4つバネというソロバンの玉のような形のバネを使っていて、その部品が破損すると代替品がなく、修理不可能なため、腕時計の時代になると4大時計のなかで最初に衰退した。」(POWER Watch WEBより)

「四つバネが錆びてしまったり、ヘタってしまったり、折れてしまうと巻芯のゼンマイを巻く位置から針回しの位置への切り替えのテンションが弱くなります。痛んだ四つバネのまま使用すると、ゼンマイを巻く際に歯車が滑って、時計のパーツを傷めたり、針合わせの位置の状態なりやすくなり時計を止めてしまったり、巻芯が抜けてしまうなど、時計や巻芯を傷める事になる為交換が必要となります。」(マサズパスタイムより)

4つバネは、ケースの側にあり、竜頭が差し込まれる首の部分の内側に組み込まれている。これを外すには、「4つバネ外し」とか「4つバネ回し」という専用工具で外さなければならない。

同じ19セイコーでも、戦前のものはこの「4つバネ」を採用しており、戦後のものは「オシドリ」を採用している。境目は昭和21年〜22年で、19セイコーは4つバネ式を止めて、その後は完全にオシドリ式に切り替えているとのことだ。4つバネは、上にもあるように直すことが難しいが、19セイコーは部品が共有できるので、部品取りが可能である。

 

 

C耐磁性

鉄道時計は正確であると同時に、堅牢性が求められます。その堅牢性の1つがこの「耐磁性」です。

 

ふだんはいくら正確でも、ちょっとしたことで止まったり、正しい時刻を示すことができないとなると、これは鉄道時計としては失格ということになります。機械式時計が電磁場にさらされると、部品が磁化されて、てんぷの動作に影響が出て、正しい時刻を示せなくなるのです。これを元に戻すには、脱磁が必要となります。

 

19セイコーは、「2種強化耐磁時計」となっており、日本時計協会によると、日本工業規格(JIS)16000A/mとされています。それは、「磁気に1cmまで近づけてもほとんどの場合性能を維持できるレベル」だそうです。

 

 

BDIAFLEX

 文字盤にこの表示があるものは、発条(ぜんまい)がこの素材でできていることを示す。

 一般には「錆びない切れにくい発条」と説明されることが多い。つまり、発条は、それまで錆びやすく切れやすいものだったと推測される。もちろん、発条が切れると時計は作動しないので、交換するしかない。この発条が切れにくいのであるから、画期的ということだろう。今となっては、このDIALEXについてよくわからないが、現在のセイコーでは、SII(セイコーインスツル株式会社)がこんな説明をしている。

 

Spron」とは「きれない/さびない/疲労しない」を目指して開発された、セイコー独自の合金素材です。長く愛用できる機械式時計を作り出すために、セイコーは半世紀以上前からぜんまいの開発と製造に取り組み、素材から改良を重ね続けて開発された独自素材の「Spron」を、動力ぜんまいとひげぜんまいに採用しています。

     SIIのHP http://www.sii.co.jp/jp/me/spron/

 

   このSpronに連なる素材がDIAFLEXと推測できる。DIAFLEXDIAがダイヤモ

ンドからとったとすると、セイコーの並々ならぬ意欲が伝わってくる。

 

     4月20日にSIIから来たメールによると、次のことがわかった。

 

        SPRON100=DIAFLEX 

 

そして、

 

DIAFLEX1957年から19セイコーに採用

 

 

ASECOND SETTING

 文字盤にこの表示があるものは、秒針規正ができる。

 

 戦後のSEIKOSHA7石、SEIKO15

         …竜頭を引くと、秒針はそのまま動き続けるが、12の位置で止まる

           再び竜頭を押し込むと、秒針が動き始める。

           ハック機能と表現しているHPもある。

           19セイコーは昭和30年にこの機能のついたものが生産発売された。

           

SEIKO21石 …竜頭を引くと秒針が止まる。

 

  クォーツ   …特に表示がないが可能。竜頭を引くと秒針が止まる。

 

 

@竜頭の扱い

 竜頭は2段階になっている。

 

引き出して「時刻合わせ」をする。長針は時計回りにまわすことが良いとされている。

 

押し込んだ状態で「発条(ぜんまい)巻き」をする。文字盤を上にして、右回しをして発条を巻き、戻すと空回りして、再度発条を巻く。これを繰り返していっぱいまで巻く。

しかし、この発条巻きを乱暴にすると、ムーブメントに負荷がかかり故障の原因となる。発条が巻き終わりそうになったら、ゆっくり回して巻きすぎないようにする。

 

   ※時計の不調は発条巻きでわかることが多い。

     発条がまけない。空回りする。歯車が空回りする感じがする。

発条を巻きたいのに、長針が動く。発条巻きが異常に重い。軽い。など…。