正座の部


江戸期以後、一般日常は固より廉ある場合にも正座する風習を生じたる後の居合の座り方と思われる。本来当流の居合は、立ち膝又は立ち業が主流をなすものであったが第九代林六太夫守政が大森流の居合を取り入れ創案せられたものと伝えられる。古くは、大森流とも称せられたが、大江先生により正座の部(又は正座の居合)と改められたものの由。因みに、大森流、長谷川流と称せられたものを、正座の部、立ち膝の部と改められたるものなり。

正座の方法

普通に座る。
足は重ねることなく左右の親指左を上、右を下に重ねる。
膝の開きは両膝頭の間に両手拳が入るくらいに開ける。但し刀の柄に手をかける即ち動作を起こす時膝を合わす方よろし。
両拳は軽く握り、特に親指を中に握り込む、夫々膝の上に立てて軽く置く。

正座の業について注意すべき点

1.腰が踵より離れる場合は、常に足先を爪立てること。
  基本的な動作であり、2種類ある。
 
@爪先を立てる場合
即ち互いに向き合って、気分をつめてどちらが先に抜くかと先(セン)の気を争っている時には、座って立ちながら何時でも変に応じられるように腰が上がって足の爪先が立つくらいになった時は、必ず爪先を立てるべきである。(相撲の時の仕切りの気分)

A爪先を立てない場合
爪先を立てることなく一気に抜きつける時もある。これは、(1)相手が先に動作を起こした場合の急に応じた時。(2)此方が一気に抜かねばならない「先先の先」の時は、座った姿勢より一挙に抜きつけるので爪先を立てる暇がない。

2.足を踏み出す時は足を平らに床につける様足音を立てて踏みつける場合多し。

正座 十一本 (業の名称:右は大森流の呼称)


第一本目 前

この業は、他の種々の業の基本なり即ち、
正座:右、左、後、八重垣、追い風
立膝:横雲、鱗返、波返
奥居合:霞、虎走
其の他
最演練すべし。
座り方
正面正座
ここに言う正面とは、技を行う方向より見て正面なり。居合においては正式の場合自分の左側を上座とす。但し演武の場合は必ずしも正式に従わざる事もあり。
意味
正面に対する敵の目、又は首を横一文字に斬り、更に正面より斬り下ろして仕留む。(註)一刀にて敵を倒すは居合なり。斬り下ろしは止めをさすの意に解すべきもの。
方法
1.抜きつつ、右足を踏み出し横に相手の首(相手の両目)
  を斬る。一の字を書く如く。これを抜き付けという。
  (両目のまなじりを結ぶ水平一線に斬る。これは刃筋
  を正確に修得する為の教えなり)

2.上段より切り下ろす。

3.血振(頭上)。立ち上がる後の足は前の足に揃える。立
  ち上がりは居合腰。

4.右足を引いて納刀。納めて右膝をつく。

1、2の動作間隙を置かぬこと。
「節があってはいけない、節がなくてはいけない」という教えあり。

踏み出し又左膝をつきたるとき、右膝の角度は直角より狭くならぬ様。
抜きつけた時は、小指をしめる事により拳上がらず。(拳が上がると刀刃が上に向くのでいけない。即ち手首が上に折れることになる)

居合腰:やや上体を前にかけ腰に落ち付ける。

渋滞することなく、各動作流動的なるべし。
(1)抜き付けは自然なるべき事。
   右手左手に力を入れることにより刀動くこと。
(2)抜き付けは刀を前方に抜く事。
   柄頭を相手又は目標に真っ直ぐに向けて刀を引き出す事。
(3)抜いて切るにあらず、抜くと切るなり。
(4)切り下ろしの時の上段は十分に振り冠る。
(5)1から2に移る時は、刀の先をもって左耳を突く如くに
   して上段構える(振り回して振り冠るにあらず)。常に刃
   の線敵に見える如く平(刀身のひら)見えざる事肝要なり。

抜刀せんとする時
両手を静かに体に近く腰部に近づけ即刀に近づける。左手は、鞘口の所を上から握り同時に右手は柄の鍔際の所を手首を上に返して下より握る。但し手は鍔に固く密着するにあらず。鍔をつかずはなれず柔らかに接すべし。左手親指を以って、鯉口を切り、即ち親指の腹を持って、鍔内方の上部角を押し刀抜きやすき状態になす。而して抜刀する。抜刀はいきむことなくすらすらと行う事。鞘離れの瞬間動作に剣先をきかすべし。

第一動について
横一の字に抜き付けた時、腕の高さは肩の高さなるも手首は下に締めて手の甲は前腕の高さ寧ろそれより低目にして手首上がらざる事。理由は、手首上がれば横一文字の切り付けは刃筋が通っていない証拠であって次の刀を振りかぶる時刀平になるが故なり。

第二動について
第二動の打ち下ろしの為刀を振りかぶるには、刀を水平に体に近く左方に回し右手首概ね顔前に来る時、手首を返して振りかぶり直ちに左手を柄にもち添え両手にて振りかぶる。この上段は刀身背部に添う如く振りかぶるなり。上段より打ち下ろしの時上体を前屈せざる事。寧ろ腹を前に押し出す心持ち。打ち下ろした時刀先は手元より下がる床上五寸くらい迄。
 

<血振>

右腕を斜め右前に伸ばし前腕を曲げて拳頭上に持って来て、右前下におろす。頭上にては手首を曲げて刀身平にすること。血振る終わりたるとき、手首曲がりて前腕柄に近づくことなきようにすべし。袖に柄頭入る恐れあり。(着物を着た時、特に注意)

血振の時
左手を柄より離し、腰部鞘を帯びたるところに指を揃え掌を当て同時に右手を静かに前に突き出して右斜め前に差し出し徐に後方に回して肱を曲げて、拳を下に向け頭上近くにとる。その時刀身は拳と水平より上がらぬ様、下がる方よし。勢いよく拳を右斜め前下に振り下ろす。腕は軽く延ばす。従って、刀は体前右斜め前より刀先中央前に斜降する形となる。握りは普通に握る事。手首を曲げぬ事。手首曲がりて柄腕に近づく事は衣類の袖に引っかかる恐れあり。刀を振り下ろすと同時に立ち上がり、後ろの足を前の足に揃える。この時前の足、即ち、左足の位置動かざる様注意する事。両足を揃えて立ち上がり居合腰となる。居合腰は腰をやや落とし膝に弾力を持たせ、上体を心持ち前にする。

<納刀>

右足は出来るだけ広く引くこと。すり足のこと。右足かかとつけざる事。右足を引く結果上体はそれに伴い両足の中間となる。従って、右腕は刀を持ったまま後方に寄ることとなる。

納刀の時
居合腰に立ち右足(揃えた反対側の足)を大きく一歩後方に引く。引く足は地を離れざる事。即ちすり足の事。この時、体ぐらつく恐れあり、然る時には即ち前にある足の足先を少々内方に向ける時この憂いなし。(故に、足を踏み揃える時は両足の関係は八の字形に近く踏み、両膝頭を接するとよい) 両足を開きたるとき上体を中央にして重心は両足の中間にあり又刀を握りたる右腕は上体の動きに伴う。同時に腰にある左手にて鯉口を握る。

鯉口の握り方
鞘上より指を揃えて握り込む。鞘口に中指の中央部分が当たる如く、従って食指親指は鞘口の前に、更に鞘口に続いた鯉口を作りたる如くなる。指は開き又は離すべからず。

刀を握りたる右手を返して鍔より刀身1/3位のところを刀背を左手指にて作りたる鯉口様の所に当て親指と他の四指の間と食指第二関節のところをこすりつつ切先まで刀を前方に引く。刀を前方に引くに従って柄の握りは指をゆるめて柔らかに柄を前方に出しうる如く単に刀を保持できる程度に柄に指をあてがう。左手の感覚にて、切先が親指と食指との股を通り過ぎた時鞘口と親指の腹にて(小指をとめる気持ち)下に押せば刀身と鞘と一直線になる。静かに納刀する。刀身と鞘を一直線にする事特に肝要。即、左手を利かすべし。納刀しつつ後ろにある脚曲げて膝をつく。納刀は、鍔左手指に接するところまで即ち鯉口を切った状態に相当する。次に徐に右掌を柄頭に当て左手を少しずらして鞘口を握り静かに刀を鍔際まで押して十分に刀を鞘に納める。立ち上がり、前の足(左足)に後ろの足(右足)を揃えて立つ。最後の立ち上がるまでは残心を忘れず何時にても抜き打てる如く敵体より目を離すべからず。

立膝の場合の納刀
刀背を以って、左手指に接する部分を比較的短くするものとす。熟練により出来るだけ短く切先のみになるまで習うべし。但し納める時は徐にすべし。

奥居合の場合の納刀
立ち膝の場合と同然。但しこの場合は、鍔元より3〜5寸までは速やかに納める。残りは徐なるべし。諸動作は、常に相手に正対して行う即ち上体は正面に向かう如く保持する。


第二本目 右

座り方
右向きに正座

意味
左側に自分の方に向いて座れる敵に対するもの

方法
1.左廻り正面にむき抜きつけ左足を踏み出す。即ち膝を
  揃え柄を握り足先を爪立て左廻り、右膝頭と左足先で
  回り正面に向き左足を一歩踏み出す。廻りながら刀を
  抜きつつ正面向いて一歩踏み出すと同時に横一文字に
  切り付ける。
2.切り下ろし

血振

納刀
左足を後方に引き納めつつ左膝をつく

<右、左、後>
回転の為には、先ず腰を浮かし足を爪立てておもむろに回転する事。回転と同時に刀を抜きかけ回転終わる頃概ね鞘離れする所まで抜き、回転終了と同時に抜き放つべし。向き終わると、抜きつけ動作(刀)の完了とが同時を理想とする(気、剣、体)の一致。


第三本目 左


第四本目 後


第五本目 八重垣

座り方
正面向き正座

意味
正面の敵に抜きつけ切り下ろしたるに尚敵死力を尽くして我に切り付けるを受け、更に十分に切り下ろして仕留む。

方法
1.抜き付け 前の第一動
2.左足を一歩前に出し切り下ろす。右膝をつくと切り下ろし
  同時なるべし。
3.右に血振(立ち膝の場合の横右に刀を開いての血振い)
4.納めつつ左足を右足の横に引き付ける。緩やかに。
5.概ね納めたるとき左足を後方に引き立ちあがると同時に刀
  を切先を下方に抜き平(即ち鎬)で受ける。切先まで抜き
  鞘と二つに折る如く抜く事。(脛囲いの刀法の動作と同じ)
  この時顔は正面即ち敵体に向け体は左方向き、両足の開き
  は膝をやや曲げ四股を踏んだ形。但し上体は前に傾けず両
  膝両足は左右双称
6.正面向き左膝を突いて切り下ろし

頭上血振(一本目の血振と同じ動作の血振)
右腕を伸ばし拳右膝右前方に出る如く刀身は平に刃は外方に向かう如く右腕をのばすなり。

納刀

<5の鎬で受ける時>
上体左方に傾く恐れあり、寧ろ右方に傾く如くする事により四股を踏みたる形左右対称となるべし。

<2の場合>
左足を前に出す間に刀を振りかぶり左足を踏み出し右膝頭を床につけつつ切り下ろす
<右に開く血振>
刀を頭上に廻してする血振でなく右腕を延ばして行う血振とする。これは左手を離して右腕を右前斜め下に腕を伸ばす事により右手に握った刀を斜めに右下前に激しく刀先を振るうものであるこの時切り下ろした剣先をそのまま刃が斜め右にして激しく振るのである。但し先を切り下ろした位置より高くなく寧ろ低い。剣先を波打たざるよう注意する事。故の血振は正座の抜き打ち、立ち膝の全部、奥居合の全部を通じて同じ。

<脛を囲いて切り下ろす>
先の切り下ろしにより弱りたる敵我が脛を倒れながら切り付け来るを受け止めたるもの故、敵は既に手おいて弱りある故最後の切り下ろしは受けとめてより速やかなるを要せず構えを整えて十分切り下ろすべきものとす。


第六本目 請け流し

座り方
左膝正面向き正座

意味
正面の斬ってくる敵の刀を左方に受け流して敵体の崩れる所を敵の左側上方から切り下して仕留む

方法
1.刀を下方に抜く
  左足を右膝頭直前に内わに出す足先は右向き
  立ち上がり刀身を平にして頭上にかざし頭及び左肩を
  防ぎつつ相手の刀を鎬にて受け流し
2.右足を正面と左の中間方向即ち敵体の方向に踏み変え
  て刀は頭上に振りかぶり左足を上げ踏みかえると同時
  に右足を踏み出し左足に揃えると上段より右手で片手
  切りに切り下す。途中で刀が敵の肩と首に切り付ける
  直前に左手を柄に持ち添える。
  切り下した時左手は柄頭を握っている。
3.そのまま左足をすり足で左方に開き四股を踏みたる形
  となり左腕を左前の方にのばす。刀背右膝上部に支え
  る。
4.右手にて柄を逆に握り左手を離す
5.正面ににじり向きながら左膝をつき納刀

<注意>
2.の切り下ろしはあくまで片手切りなり。この時左足右足とも音を立てて踏み出す。(出るか、出ずにその位置で踏みつけるかは仮想する敵との間合いによる)

血振・納刀
切り下した後左足を一歩左に開き腰を両足間に落ち着け左腕を前に伸ばし刀先部を右膝上にくるよう刀を保つ。左腕を曲げないで延ばす事特に注意。次に右手柄を上方より握り代え刀を返して之れ血振を兼ねるなり。納刀する。同時に両方の足をその位置で正面に向かう様にて納刀しつつ後ろの足即ち左足膝をつく。介錯の血振・納刀同断なり。


第七本目 介錯

座り方
正面向き正座

意味
介錯

方法
1.刀下方に抜く、右足左膝右前直前に出す
  立ち上がり右足後に引く
  頭正面体は右側向き四股をふみたる形
  刀背部に背負う如く保つ
2.左足を中心にして180度左廻り同時に刀は斜め下方に
  切り下す。片手切りなり。
3.切り下したるとき左手を前に出して柄頭を握る。(刀勢
  を止める為に添えるのである)

納刀
請け流しに同じ

<注意>
2.で目標と左足を結ぶ線より、右足は出ない事。線を越えると首を打ち落としてしまうから。


第八本目 附け込み(追い切り)

座り方
正面向き正座

意味
敵、我が正面に切り付けてくるを受け流すように刀を振りかぶり後退する敵の正面に斬撃を加える。第一撃不十分、更に第二撃とすかさず切り付ける。

方法
刀を下方に抜き右足を出す。目付けは間合いにもよるが今の時期は敵は我が正面を斬りうる間合いにあり立っているのだから目付けはその敵の顔付近にするべきである。
1.抜いた刀は顔前で垂直に立て上体を起こして立ち上がり
  つつ上段に構え右足を左足に揃える。
2.つぎ足で右足から二度前進。その都度きり下ろし。拳は
  大体肩の高さ(一度目は面を斬り、二度目は面より水月
  まで切り落とす如く斬る。)
3.二度目の切り下しに次いで右足を後方に引き上段に構え
  る。(ちょっと間隙を置き上段に冠る時は勢いよく打ち
  下ろしと同じに振りかぶる)
4.右膝をつき左膝を立て全体を沈めて刀を前方に下ろし正
  眼に構え柄頭を腹に接して支えとし右手で逆に柄を握り
  左掌を刀の下から囲う如く鍔元に近く当てがい刀の刃を
  上方に向け刀背を左掌でぬぐう如く右手は右上方に左腕
  は左下方に伸ばす左掌は切先近くまで来る如く。

納刀
<血振について>
上段の残心より刀を正眼にすると共に右膝をつく、この時柄頭を腹部に着けて刀の動揺を止める。先ず右手を離して柄を上より握る。刀ぐらつくはこの時なり、注意。左手を柄より離して鍔に近く下即ち刃より廻して指の掌に近きところを刀の棟にあてがい刀を返して刃部を上にして右手左手を以って引き裂く如く上下に右手上に左手下に引く。即ち右肱は曲げ右掌右肩前に来る如く左手は腕を伸ばして掌を前に向けて下に伸ばす刀は刃を前方にして体前垂直よりはやや斜め右に傾く。
<納刀について>
次いで右手を下に剣先を左肩前に返して納刀
 


第九本目 月影

座り方
右膝正面向き正座

意味
敵上段より我に斬り来るを上段に構えたる敵の小手を斬りはなって直ちに敵の正面を切り下してこれを仕留む

方法
1.刀を抜きつつ右足を踏み出す。
  剣先左上方に向け、腕を伸ばすと同時に左膝頭を開く
  目は剣先に向け体は左向き四股の形に立つ
2.左足を正面の方向に一歩出し刀は両手に握り上段に
  なり右足を出して切下ろす。立ったまま頭上血振。
  左足を右足に揃える。右足を引いて右膝頭を床につ
  けずに納刀する。


第十本目 追風


第十一本目 抜打

座り方
正面向き正座

意味
敵正面に切り来るを左に受け流して敵の真向に打ち下ろして仕止む

方法
刀を抜いて
刀身を体の左側に近くそわして上段
切下ろす。膝にて立つ、膝やや前方にずり出る方よし。膝を左右前に開く即ち足先と両膝とで正三角形となる。
血振
右腕を右前に伸ばして行う血振(横の血振)
納刀して臀部を両踵に落ち付ける
正座に復す


 
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