立膝の部


立ち膝
立ち膝は武者座りともいわれる即ち武具を着装したる際の最合理的なる座り方と思われる。従って後世正座を日常の座り方とする以前即ち太平の世となる以前の座り方と考えられるので、立ち膝立ち膝の業は全て正座の業より古く編まれたものなるべし。又立ち膝の座り方をしたる武芸者の画像の如き徳川初期頃までのものを見る事あり。

座り方
左足をおりしきの形に尻をのせる袴は左のみはねて座る。右足は体の中央前に位置する。足の裏を床につけず足の右側を床につけ裏を少し床より離す。自然脛膝はそれに従って右倒れとなる。右足踵左足の脛に近づけるものとす。

血振
右前斜め下に腕を延ばして行う(横の血振) 刀身波形に振らぬよう注意。腕を右前斜め下方に延ばす如くする。(切下ろした刀の位置より刀刃が真右になる如く向けつつ剣先も鍔元も平行運動する如く水平に横に開いてすることを要求している。波形とは、刀身が上下運動をする事従って、上下運動もしてはいけない)

座りたる時の手の位置
拳を軽く握り左手は左腿中央に右手は拳の少し上方を右膝上に何れも拳を返して軽く置く。親指は軽く握り込む(この両手の構え方は山内豊健先生の構えである)

抜刀の時の手
静に体に近く両手を腹部に近づけ左手は鞘を握り右手は下より柄を握る。

立膝 十本
横雲  おく山は嵐吹くかや三吉野の花は霞の横雲の空
虎一足 猛き虎の千里の歩み遠からず行くより速くかえるあしびき
稲妻  諸ともに光るは知れど稲妻のあとなる雷のひびきしられず
浮雲  麓より吹き上げられし浮雲は四方の高嶺を立ちつづくなり
(山おろし) 高嶺より吹きおろす風の強ければ麓の木々に雪もたまらず
岩浪  行く舟の梶とりなほす間も無きは、いはほの波の強くあたれば
鱗返  瀧つ波瀬のぼる鯉のうろくづは、水せき上げておつることなし
浪返  あかしがた瀬戸こす波の上にこそいはほも峯もたまるものかは
滝落  たきつ瀬のくぐるごとく流るれば、水とあらそふ岩もなきかな
真向

諸手早抜
片手早抜


第一本目 横雲

座り方
正面向立ち膝

意味
正座前と同じく先ず敵の両眼又はのどに抜き付け更に上段より切下ろして仕止むる

方法
1.抜刀の体勢に入るや左足を爪立て右足底を床に付け正面
  の敵に抜き付けるこの時右足は前に踏み出す
2.次に上段に刀を振りかぶり正面を切下ろす

血振

納刀
納刀の際の刀の背を左手鯉口に当てる部分即ちしごきはかなり短くするものとす。納刀しつつ右足を外方に大きく廻して左足に引き付ける(この足の引き付けようは山内先生の流である)。切先鯉口に入ると共に右足を動かし納刀を終えると同時に右足は左足に引き付け終わるしかもそのいづれも同じ速度同じ滑らかさでおこなはれねばならぬ。納刀の終わりたるときは臀部は左踵に概ね接する如く腰を落ち着ける。


第二本目 虎一足

座り方
正面向立膝

意味
敵が先ず脛に切り付けてくるを立ち上がり刀を抜いて之を受け敵第二動に移るに先立ち上段より切下ろしてこれを仕止むる。

方法
正座八重垣の後段の動作と同じ形なり
1.立ち上がり左足を右斜め後にひき(足を引くこと肝要な
  り、間合いの関係である)体左向き両足を開いて腰を落
  として刀を抜いて右脛を囲う。柄の握り方は横より握り
  抜く時は剣先をきかして堅固に刃をうえにして平を敵に
  向けて受ける。
2.正面に向き左足を真後ろに踏みかえて左膝を床につけ
  諸手にて上段より切下ろす。
第一動と第二動とに間髪を入れず行うものとす(この事八重垣と異なるなり)。第一動は敵刀を受けたるのみにして敵に何等の手傷を負わしておらない故なるべく速やかに敵を制する必要あればなり。
第一動の受け終わりたる時左足をその場でなく右足を基準にその後方に踏みかえるしかも右足を浮くことなく右足左膝平均に体重をかけ充分に踏ん張る要あり。
第二動の時は当然右足は正面に向ける
第二動の為刀を上段に振りかぶる時自然右手は正しく柄を握る如く掌をずらす殊更に握り代えるのではない。(振り被るという言葉はこの際適当ではない。即ち、脛を囲った右掌をその位置で上に上げながら敵を切るのに敵に刃筋が正しく向くように掌中で刀を操作しながらその拳の下へ体を敵に正対する如く足、膝、腰をねじながら膝をついてくぐり込む気持ちで斬撃の姿勢を速やかに取る気持ちである)

血振

納刀


第三本目 稲妻

座り方
正面向き立ち膝

意味
正面より敵上段に振り冠り斬ってくる時敵の両臂を前上方に切りはなち更に上段より切って仕止めるなり。

方法
正座月影と同じ形
1.正面斜め上に切り上げる。左足を右斜め後に引く事虎一足
  の場合に同じ(月影は右足を踏みつけて<時により少し
  遠間の時は間を詰める如くふみ出る>両臂に抜き付け左膝
  はその時瞬間床を離れる程度である)
2.左足を真後ろに踏み替え左膝を床につけつつ刀を振り冠っ
  て諸手上段より切下ろす。
虎一足と同じ心得。但し第一動前斜め上に切り上げおる時直ちに第二動の為振り被ることなく一寸の間を置くべし。即ち節度をつける事。斜め前に切るは、斜め前に切り放つなり。

血振

納刀


第四本目 浮雲

座り方
左向き立ち膝

意味
列座中右に(一人置いて)居るものが刀の柄を取りに来る場合、その者の手より柄を外して立ち上がりざまにこの者に一撃を与え(抜き付け)更に引き倒して上段より切り、これを仕止める。

方法
1.立ち上がり柄を下に外すよう左手で刀を操作しながら
  左方に移す顔は右正面に向き次に刀を引き上げて鯉口
  が右肩のあたりに来るその時右手を副える。同時に
  左足を右足の右に並ぶ如く足を組んで踏む。
  右手を柄にかけて刀を抜きながら刀身を体前にへの字
  型に抜き放ち斜め右下に切り付けるその時左足は爪先
  を床につけて裏返し右足甲に左足甲を重ねる。膝を少
  し曲げて腰を低めに落とす。
2.左足を右足先に踏みかえて左掌を刀背に副えるその時
  刀動かさず左掌刀背中央に届くまで上体を前に曲げる
  その時体は正面向きとなる。
  右足を後方に引き膝をつけると同時に右腕延ばしたま
  ま右拳体の右側肩の高さに来る如く左手を副えたまま
  刀身をずらす即ち引き倒しなり。
3.左手を以って刀を右後方に跳ね上げる。右手を軸にし
  て右拳を返し左手は刀に沿って柄頭に持ち副える次に
  刀を振りかぶり左斜め前下に切下ろす。

血振

納刀
左足を外方より廻して右足踵に副える体は正面向きとなる。立ち上がる時刀の柄は体に近づける即ち上げる事なく下に押して右横の敵が上から柄を握りに来るのを柄下にはづして逃げる要あり注意。
 


第五本目 颪 山颪とも言う

座り方
左向き立ち膝

意味
右隣りの者刀の柄に手をかけ刀を脱き取ろうとする所を柄を相手から外して柄頭を以って相手の顔面に突き当て直ちに刀を上から抜き敵の体にあてがい更に引き倒して仕止む。

方法
1.刀に両手をかけ腰を浮かしえ柄頭にて「四」の字を
  書く如く柄頭を廻して右方(即ち正面の方)の敵の
  顔面を刀は抜くことなく両手を延ばして鞘のまま
  柄頭で突く同時に右足を踏み出す上体は右半身なり。
  右足の踏み出しは余り前に踏み出さぬ事。

2.左手を以って鞘を引くと同時に右手で刀を抜いて敵
  に切り付ける。右手首を締めて手元は右膝右側にあ
  り。臀部を右踵に移す。同時に左膝の場所を動かす
  ことなく足先は右足に揃える。上体は正面に対し
  左向きにして股を開き臀部両踵の上にあり。左膝を
  床につける形となる。

3.左膝を中心として正面向きとなり刀を切り付けたる
  まま、動かすことなく刀背に左手をあてがい横に引
  き倒す。右腕を伸ばし拳は肩の高さまでなり。右足
  はそれに伴い右後方に引き大体左足の線まで引く。
  足先は正面に対し右向きなり。剣先を左手にて後ろ
  に跳ね上げて斜め右後方に刀を振り上げる時左足は
  その位置に置き膝を右踵の後方に移す。即ち右足の
  後ろに左脛と一線にある。

4.左膝を中心として右足を前に正面向きとなり上段
  より切下ろす。

血振 納刀


第六本目 岩浪

座り方 
右向き立ち膝

意味
左側の敵に対し知られざるよう刀を抜き突如その方に向き直り胸又は腹を突き更に引回して上段より切下ろして仕留む。

方法
1.刀に手をかけ腰を浮かし左足を右足元に寄せ爪先を
  立て刀相手に見えぬよう体に近く右方に抜く。刀先
  近くまで抜きたる時左手親指内側四指外側にて剣先
  部を上方より指先を持って挟み指の間を通して親指
  食指の基部に刀を挟む。

2.同時に立ち上がり上体を屈して両足は揃えて右爪先
  を軸にして左方即ち正面に向く。その時左手掌を右
  膝頭にあてがう従って刀は体の右側にそえり。左足
  をその場で足踏みして反動をつけ左手を多少手元に
  ずらすが刀を前に突き出し相手を突く、同時に左足
  を後方に引いて膝をつける。大体左隣りの敵の横腹
  を突き上げるなり。(敵がいかなる状態に座位を
  しめているか疑問あり。この想定では自分の左側に
  自分と同じ方向に向いて並び居ると想定している。
  しからば引き倒された敵はいかなる姿勢に倒れあり
  やを考える時切下ろしの目標は何処か疑問を生ず)
  次の動作は颪と同じく

3.右足を体の右側に引きながら刀は斜めに右の方へ引いて相手を引き倒し

4.上段より切下ろす

血振 納刀

第二段の突きは右足を踏み突き出す時調子をつける事


第七本目 鱗返


第八本目 浪返


第九本目 滝落

座り方
後ろ向き立ち膝

意味
後方より刀の鐺(コジリ)近きところを敵に握られたる場合急に刀を引き付け相手の手ゆるめるの如何に拘わらず鞘を元に復すると同時に刀を抜き振り向きざまに相手を突き更に上段より切下ろして仕留める。

方法
1.左手で鞘を握り親指を鍔にかけて徐に立ち上がり、
  鞘の方を見返る(敵が鐺をどのように握っているかを
  確かめる為に見るのである)。右手を柄にかけ右手と
  左手で多少下に押し下げ気味にして

2.腰に力を入れ帯刀の鞘の帯の所を支点として、左足
  を踏み出すと同時に刀を鞘ぐるみ右手と左手を
  以って急に鞘を捻じる運動を行い敵手より鐺をもぎ
  取る如く、鍔右頬右側の辺まで引き上げる。

3.右足を出し上体を屈め左手を以って鞘のみ元に戻す
  事により右手は刀を抜く刀の切先の刀棟を胸の前に
  刃部を前方にし水平に保ちその場でそのまま両足を
  そのまま踏みつけて後ろ向きとなり相手を突く(即ち
  正面向きなり)<左足前、右足後ろの関係のまま左足
  をその位置にトンと踏みつけ、突いた瞬間に右足を
  トンと踏みつける。トン・トンではいけない。
  トン、ートンと踏むのである。>
  突きは刀を平にして突く
  突きの構えの時の刀の保持は食指、中指、薬指の三指
  にて柄を握り親指小指は延ばして柄に沿わせる(刀の
  フラツキ防止)
  突く時は五本の指で柄を握り
  突きたる時は柄は右前腕の下に沿う如く刀を保つ。
  上より刀を叩き落とされる事無き為なり。(突いた刀
  は刀刃右向きになって差し裏が上になる)

4.刀を引き抜いて上段となり(右片手で正眼の如くなる
  ように抜く)右足を一歩踏み出し左膝を突くと切下ろす。

血振 納刀

起ちあがり、鞘(鐺)の方を見返る時はゆっくり
左足を踏み出し柄を引き上げてから突くまでは迅速に


第十本目 真向


諸手早抜き

(立ち膝の刀法が正確に身についてからでなければ居合に悪い要素が侵入してくるので当分練習しない方がよい)
立ち膝の技を連続して行うものにして立ち膝の業について充分その形を習熟したる後において習うべきものとする。理由は早抜きにおいてはその連続業を速く行おうとする結果往々にして元の形崩れ易き恐れある。
早抜きにおいてはその演武の場は大体限られたる広さにおいて終始すべきもの即ち前後左右何れかの方向(特に右後ろに偏る場合多し)に偏る等のことなきよう行うべきものとする。その為には一つの業終わり納刀し終わると同時に前に踏み出したる足を一もしくは半足長く後ろに引き次の業の打ち下ろしの時少し前に足を移動する如く行う事により前述の欠点は補われる事が出来る。
早抜きというと云えども業毎に確実に納刀従って次の業の為にはその都度鯉口を切る事もちろんなり。早抜きにおいては正面に向かって業を始め正面向きに最後の業を終える如くする必要上立ち膝の業の順序並びに向き方多少の相違あり。次の順序及び注意に従うべきものとす。

横雲
虎一足
稲妻
浮雲   業の終わりに前にある足即ち左足をずっと後に
     引き右足後ろまで引き膝をつける。体はその
     ため左向きとなる。そこで次の業に移り易き
     なり即ち左足を引くと右足を踏み出すなり。

鱗返し  但し右廻りなり
岩浪
浪返
滝落
請流

血振・納刀は奥居合の請け流し。右に開いて血振即ち正面向きなり。奥居合参照。


片手早抜き

(これは諸手早抜きよりももっと悪要素が侵入してくる条件が多いので滅多に抜かぬ事)
立ち膝の業を連続して行うもので諸手の場合と異なり片手を以って大体終始するものなり。
諸手の場合と異なる点は血振及び引き倒しなり。
血振は打ち下ろしたる拳を返して体の右側に近く刀を振り下ろし右下に拳を向かう如くして刀を流すなり。従って手首の柔軟に行われる要あり。
血振を早くする為打ち下ろし粗略になり易くも相手の首部断ち割られる必要あり即ち出来るだけ下方まで打ち下ろすの必要あるべし。
引き倒しの代わりに斜め左背面より打ち下ろしを行う即ち正面よりの打ち下ろしを行わず。
業毎に納刀を確実に行う事は諸手の場合と同様なり。
業の順序、注意するべき点は次の如し。

横雲
虎一足
稲妻
浮雲   最初の切りつけ後左足を踏みかえて右足を後ろ
     に引き右膝をつけると同時に上体を起こす。
     この上体を起こすと共に刀を体の左側より上段
     にかぶり体を起こすと行き違うよう切下ろして
     そして血振を行うなり
颪    最初の切りつけの時、体は左向きなり。体を
     正面に向ける時切下ろすなり即ち引き倒しの業
     を行う。
鱗返   左廻り
岩浪   刀を抜いて剣先部を親指基部に挟んで掌と
     右膝頭に当てる時のみ左手も使う。突くは片手
     なり。
浪返
滝落
請け流し

血振・納刀は正座の場合に同じ


 
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